冒頭の寺田寅彦の
「ものを怖がらな過ぎたり、
 怖がり過ぎたりするのはやさしいが、
 正当に怖がることはなかなかむつかしい。」

 という言葉には同感致します。

 放射線に対して「正しく怖がる」ということだと思います。

 私は「放射線」と聞けば、それだけで「怖い」と感じてきました。
筆者も「日本人には放射能を過敏なまでに危険に思う理由がある。」
広島長崎の経験とビキニ実験(第五福竜丸)の経験だと。

 私も全く同様でした。
それでいて他方、日本人はお風呂や温泉好きで、平気でラジウム温泉やラドン
温泉を楽しんでいます。

 放射線医療は既に無くてはならないものになっていますし、今後は更に広く
利用されていくものと思われます。
 お馴染みのエックス線=レントゲン、CTスキャン、放射線治療、、、
また、民生用機器にも利用されています。

 私達は日々放射線を受け続けています。
<自然放射線>
・宇宙線
・大地放射線(地殻内の放射性同位体元素からの放射線)
・体内から(食物や呼吸により摂取したカリウム、ラドン等の放射性同位体元素
例えば、必須ミネラルであるカリウムは体内に常に体重の0.2%存在する。
その内の一万分の一のカリウムの放射性同位体元素も含まれる。
体重が50キロだとすると、50キロ×0.002×0.0001=0.01
グラム。
これは3000ベクレル、つまり毎秒3000個の放射線粒子を浴びている訳です。
 
 しかし、生物の体内には、何重もの防護システムがあります。
DNA修復酵素群です。
たとえ、放射線によりDNAを傷つけられても、それを修復するシステムがある
ということ。
 しかも、DNA修復が不可能と判断するp53タンパクは、その細胞に細胞
自死(アポトーシス)を命じて、体全体を守ります。
 (筆者は、「放射線の傷害作用の主因はDNAに2本鎖切断ができること)
 (である」と書いています。2本鎖切断は修復がかなり難しいのでアポトー)
 (シスを指令するに至る場合も多いです。)

 まさに驚嘆すべき驚異のシステムです。
唯物論者たらんとする私にとっても、まさに「神の手」によるものとしか感じ
得ないような感動的な仕組みです。
 
 ちなみに、本書では書かれていませんが、不幸にしてがん細胞が生まれても、
今度は免疫細胞群が闘ってくれます。
 ヤクルトのTVCMで観たのですが、がん細胞を免疫細胞マクロファージが
バクバク食っているのを観ました。
 その日以来、私は毎日ヤクルトを飲んでいます。
(※註:私はヤクルトの回し者ではありませんが、、、)

 ということで、自然放射線程度の低レベル放射線に対しては、人体の防御
システムがあるということでは、異存はありません。
 しかし、筆者も認めているように、危険性はゼロにはなりません。
 例えば、0.025%の発がん率上昇と言われても、個人にとっては、安全と
同義です。しかし、1億人にとっては、0.025%は2万5千人になり、無視
できません。つまり、「確率的被害」なのです。

 放射線が影響を与えるのは、DNAだけではありません。
もっと大きな種々の細胞組織にも影響を与えます。
1個の細胞の中のDNAは約30億あり、その内、現在その意味が分かっている
ものは、つまり遺伝子は、わずか6.6%だそうです。
 残りは(もう)意味がないか、まだ意味が分かっていないものです。

 つまり、運悪く、決定的なDNAに放射線を受けた場合、不運としか言いよう
がないのですが、やはり不運な出来事に遭遇してしまいます。
 同じ放射線量を受けても、その場所(放射性感受性の高い・低い)、同じ人で
も体調の状態、等々、、、、
たまたま細胞分裂している場所に、たまたま重要なDNA部位に、、、等々、、
もう確率の世界ですね。

 1個の細胞中のDNAの数は、約30億。
細胞分裂時にコピーミスがたったの3個程度生じるそうです。
このコピーミスは、もうどうしようもありません。
(自然突然変異)

 更にちなみにガン細胞が生まれる原因には、
・放射線
・化学物質
・ウィルス
・生命活動に伴う活性酸素
 等々があります。

 筆者に一つ苦言を呈させて頂ければ、DNA修復酵素群とp53に対する
評価です。
私も心から感動するシステムなのですが、残念ながら万能ではありません。
1.DNA修復酵素群でも修復ミスを犯すこと。
2.p53もまたタンパクですので、p53というタンパクを生み出す命令を
 出すDNA部分が存在します。そのDNA部分を損傷された場合、p53が
 生み出されず、細胞自死(アポトーシス)が行われません。
 (1個のタンパク質を指令する遺伝子は2個存在しますが)
 アポトーシスしなくなった細胞、これがガン細胞ですね。

 「少しの放射線は心配無用」というテーゼに対して、
ある限定性に於いては、理解できます。
 低レベル放射線が、
<人体の約60兆個の細胞に、ランダムに、つまり同じ箇所に連続して放射し
 続けるのでなければ>、という限定性です。

 劣化ウラン弾に使用されているウラン238の放射能被害は、確かに、低レベ
ル放射線です。
 本来的には、ウランは水溶性ですので、体内に摂取されても水分に溶けて、
運ばれ、20時間程度で体外に排出されます。

ウラン238はアルファ線を発します。
アルファ線は、陽子2個と中性子2個の質量4、つまりヘリウムの原子核です。
ベータ線は、電子です。陽子は、電子の1833倍。その4倍とは7332倍。
アルファ線はベータ線の7332倍の質量を持ちます。
(陽子の質量 mp = 1.67×10-27 (kg))
(電子の質量 me = 9.11×10-31 (kg))
(陽子と中性子の質量差は無視します)
アルファ線はその質量の為に通過力は極端に弱いです。
紙一枚あれば遮断できます。
空気中をわずか数センチしか進めません。空気中の他の分子と衝突し、そのエネ
ルギーを使い果たすからです。
人体中ではわずか1ミリも進めません。体内の水分子や他の高分子と衝突し、
そのエネルギーを使い果たすからです。
 通過力が弱いとは、危険がないのではなく、その反対に、ミクロン単位のごく
狭い範囲にその高エネルギーを使い果たすという意味で強力なのです。

 劣化ウラン弾のウラン238の被害については、
1.不溶解性のセラミック状化している
2.タバコの煙程度の大きさの粒子は、肺胞の奥底に入り込み、数年〜永久に
  残留し続ける。
  (2.5〜5ミクロン以下の大きさのもの。それ以上の大きさのものは滞留
   期間は短くなっていく)
3.高エネルギーのアルファ線を
4.数ナノ、数十ナノ、数百ナノメートル程度の周囲の細胞に放射し続ける。
5.しかもその半減期は約44.7億年
6.更にウラン238から生まれる娘や孫元素も放射線を発し続ける。

強力なアルファ線といえども、一過性、つまりランダムに周囲の細胞を傷つけ
るだけであるならば、DNA修復酵素群が修復してくれるでしょう。
それでも駄目ならp53がいますし。
しかし、一つ所で連続的に放射されれば、たまったものではありません。
これを「ホット・パーティクル」と呼ぶそうです。
DNA修復酵素群の修復複製の期間は、約10〜15時間だそうです。
この期間は、「確定的突然変異」を含む損傷に対する複製中の細胞の感受性は
極めて高いそうです。
 DNA修復中は、DNAの二重鎖を部分的にほどいている状態ですから、
放射線に対して極めて脆弱な状態、つまり放射性感受性が高い訳ですね。
ワンヒット目を受けて修復中の所へ、ツーヒット目、スリーヒット目と連続的に
照射され続けると、修復ミスが起こる確率はかなり高まるそうです。
まあそうでしょうね。

 劣化ウラン弾のウラン238は、確かに低レベル放射線なのですが、
1.肺胞の奥底等に定着し、(他にも胃腸系、肺リンパ節等)
2.数ナノから、数十、数百ナノメートル単位の周囲の細胞のみに
3.強力なアルファ線を発し続ける。

 という意味に於いて、

 「低レベル放射線ではあるけれども、心配無用とは言えない」
いや、それどころか、かなり危険である。
というのが、現在の私の考えです。

 筆者は、「アルファ線の体内被曝」という問題については、何も記述していま
せんし、それを想定して記述してもいません。
まあそれは無いものねだりだと思われます。
1991年の湾岸戦争で初めて劣化ウラン弾が使用され、その被害についての
研究は、まだまだ始まったばかりなのだからです。


 ちなみに、重金属毒性については、割愛しました。
放射性毒性と重金属毒性の複合作用・相乗効果は、予想以上であったという研究
報告もなされています。

「人は放射線になぜ弱いか:少しの放射線は心配無用」
(ブルーバックス)