ウクライナの首都キエフ。
ペンギンを飼っている売れない作家に、生前から要人の追悼文章を
用意しておくので、それを書かないかと声が掛かる。
しかし、何故か、追悼文を書いた人々が次々に死亡していく。
どうもマフィアが一枚噛んでいるようだ。
編集長も明らかに一枚噛んでいる。
要人のファイルには、愛人関係や裏稼業での罪状がこと細かく記載されている。
旧KGBでもなければ調べられないような内容だ。
そのマフィアの子分が、身を隠す間、幼い娘を預けていく。
次には、主人公自身が身を隠さなければならなくなる。
編集長まで身を隠す事態に至る。
危機は過ぎ去ったと思われたが、そうではなかった。
何と主人公自身の死亡記事が用意されていた。

相対立する国家安全グループ、政治家、大臣、裁判官、軍部、治安部隊、
警察、マフィアは、それぞれ二つの陣営に分かれて抗争を繰り返す。
ある議員が殺害される。
「やつが死んで、民営化賛成論者が数人パトロンを失う。やつは、そいつらから
もう前金を取ってたんだぜ。その上、自分の身の安全を確保して長生きできる
ようにって、何やら文書を抱えこんでてね。国会議員連中に関する文書らしい。
上のほうにいる連中も大変だよな。戦争してるようなもんだから」
次第に力で関係が決着していく。
マフィアに支配された街。
マフィアの葬儀は軍が警護する。
新聞社は治安部隊が警護する。
政治家、大臣、警察、裁判所、議会、マフィア一体となった支配体制の完成。
旧KGBと旧ノーメンクラツーラと新旧マフィアによる支配体制。
プーチンの言う「法の支配」「法の独裁」の実態だ。
アンナ・ポリトコフフカヤが「プーチニズム」で描く現代ロシアそのままの
世界だ。

 動物園のペンギン学者の老人は、
「この世で一番いい時期はもう経験しちまった」と言う。
旧ソビエト時代に生き、新たな現実世界にもはや順応しようとはしない。
静かに死にゆく。生前500万ルーブルを南極観測隊に寄付していた。
旧ソビエトに生きている者として「プーチニズム」でも、極東原子力潜水艦隊の
艦長達が薄給でも国土防衛に務めている。
「私はロシア国民を守っているのであって、国家の官僚を守っているのではない」

 大臣や議員や編集長は、旧共産党からの乗り移り組だ。
新時代へと鞍替えした者として描かれている。
「プーチニズム」でも、ウラル州裁判所長官は、
旧ソ連時代から、新たなオルガルヒへと鞍替えする。

 筆者は語る。ペンギンはいつも集団で行動する動物で、一羽だけコロニーから
出すと、そいつはどうしたらいいか分からなくなり、途方にくれてしまう。
ソ連時代を生きた人間にそっくりだと。
 そのペンギンを仲間のいる南極に戻してやろうとするが、それは決して叶わぬ
夢だった。
 つまり、現代のウクライナからは『出口なし』という絶望の表現だ。
そういう現代ウクライナの出口なしの絶望的な状況を告発している。

「人生そのものが変わっちまって、前と同じに見えるのは外側だけ。
中身はまるでメカニズムが壊れたみたいだ。
見慣れたものだって、中身はどうなってるんだかわかったものじゃない。
見慣れたものの表面を剥がすと、目に見えないよそよそしいものが隠れている」

社会的諸関係が変わったのだ。
共産党独裁体制から、資本の独裁体制へと。
人類史上初めての「社会主義」から資本主義への退行。
資本の原始的蓄積の醜悪な再現。
私的所有という陣取りゲーム。
ただしそれは必ずしも一回限りとは限らないのがロシア的特殊性のようだ。

「社会主義」体制から資本主義への激変。
社会の上から下まで激動の時代だ。
極少数の者は成り上がっていく。
しかし、多くの弱者は貧困へと叩き落されていく。
ソ連時代に戻りたいとは決して思わない。
しかし、ソ連時代は、体制に反逆しない限り、弱者は最低限の生活は保障されて
いた。
まるで、動物園のペンギンのミーシャのように。
そして、ペンギンのミーシャは、動物園の檻からは自由になった。
しかし、その「自由」な社会では、ペンギンのミーシャは生きていけなかった。

「無鉄砲な理想主義者は、階級ごと死滅したんだ。
残ったのは、無鉄砲な現実主義者ばかり」

「たぶん今の時代、自分の居場所を見つけて陣取るだけでも
たいしたことなんだろう」

「どういう状態を「正常」と呼ぶかは、時代が変われば違ってくる。
以前は恐ろしいと思われていたことが、今では普通になっている。
つまり、人は余計な心配をしなくていいよう、以前恐ろしいと思ったことも
「正常」だと考えて生活をするようになるのだ。大事なのは生き残るということ。
どんなことがあっても生きていくということだ」

「悪はすぐそば、すぐ近くに存在しているが、彼個人やその小さな世界を侵すことはない」

 唯一の警察官の友人の死。死後骨壷だけが送られてくる。
ソ連時代が良かったという訳では決してない。
「シルバーのリンカーン」に象徴される勝ち組。
「もしアパートをくれるなら三ヵ月命を延ばしてやる」と言われる老人に代表される負け組。


 ウクライナの「オレンジ革命」
 かつて、ソ連圏が「革命の輸出を行っている」と非難してきた米国は、
今や、公然と「民主主義革命の輸出」を行っている。
実は半年前から綿密な計画を立てていた。
「私達は市民が結束して抗議行動を行うように大規模な集会やテント村の設置
 などの準備を周到に進めていました」(野党陣営選挙参謀ポロシェンコ氏)
活動を支えていたのはアメリカのNGOズナーユだ。
USAID(アメリカ国際開発庁)キエフ事務所は1992年開設。
この二年間に約45億円の資金援助を行う。
アメリカ民主主義基金NEDによる『民主主義革命の輸出』
「ウクライナでは、グルジア等の周りの国から活動家が手助けに来ました」
「グルジアの政権交代を支えたのは、セルビアの活動家達でした」

今回の選挙はウクライナの政権エリート内部での権力争いという側面と、
腐敗したクチマ政権に対する体制変革の下からの動きというウクライナ内部の
政治対立の構図であったものを、西か東かという外交的な選択の構図に変えて
しまった。

民主化支援は、レジューム・チェンジの為の内政攪乱工作と紙一重だ。
民主化支援に普遍的な価値があるという主張の一方で、時の米政権の意向に
よって、ダブルスタンダードをつくるという現実がある。
民主主義を育む土壌や社会システムをつくるという神聖な国際支援が、
果たして米政権にとって都合の良い政治グループや個人を台頭させるという
政治工作行為とどれだけ一線を画するか。
民主化支援の国際ネットワークを強化するアイデアに反対する理由は全くない。
しかし、超大国の権益が、弱い国家の民主化プロセスを翻弄する、これに細心の
注意を払わなければならない。

「ペンギンの憂鬱」アンドレイ・クルコフ(新潮社)