プーチン大統領は、学校占拠事件を受け、テロ対策を一層効果的に進める為
だとして、一層の中央集権化に乗り出しています。

 地方の首長(共和国の大統領や州知事)を大統領による任命制にするという。
ソ連崩壊後、新生ロシアが、まがりなりにも進めてきた直接選挙など、ようやく
根付き始めた民主主義制度の根幹を何故今葬り去る必要があるのかといった批判
が内外で高まっています。
 この改革案は既にロシア議会で審議されており、上下両院とも議席の圧倒的
多数を占める与党「統一ロシア」の賛成で可決成立するのは確実と言われて
います。

 2000年の就任以来、プーチン大統領は着々と中央集権体制を進めてきました。
 ロシア全土を七つの管区に分け、それぞれに大統領全権代表を派遣して、
モスクワからにらみをきかせる体制を築きあげました
 地方知事が自動的に上院議員になる制度を廃止するなど、地方の権限を弱める
政策を打ち出しました。
 学校占拠事件の直後には、共和国大統領、州知事など89の首長の直接選挙廃止
という改革案を打ち出しました。
 
 正確には、大統領が地方の首長の候補者を選び、地方の議会に提案し、承認
されれば、その候補者が首長になるという仕組みです。
 クレムリンでは、地方の議会が首長を選ぶということで、間接選挙に替わる
ものだと説明しています。
 しかし、プーチン大統領自身も話している通り、これは連邦内閣の首相の任命
と議会での承認システムを、そのまま地方の長にも当てはめたものです。
大統領が候補者を指名提案する点、地方の議会に承認権があるというものの、
今の法案では議会が三回拒否した場合には、大統領に地方議会の解散権が与え
られるなど、大統領の提案に反対しにくくなっています。
 こうしたことから、大統領による事実上の首長の任命制と言えるのです。

 野党の間では、テロを名目に事実上ロシアを大統領による中央集権の強化、
そして、民主主義制限の試みではないかとして反対の動きが広まっています。

 10月29日、ロシア下院で、法案の審議が始まりました。下院の三分の二を占め
る政権与党の統一ロシアは賛成。今月にも可決される見込みです。
 これに対し、野党側は左派から右派まで一致して反対しています。
「テロ対策を名目に、民主化の成果をないがしろにするものだ」と非難しました。

 プーチン大統領の一貫した政策は中央権力の強化です。
確かにそれには一理あり、エリツィン時代、大統領自身が、「地方は中央から
好きなだけ、取れるだけの物を取ればよい」と発言し、地方ではロシアの憲法と
矛盾するような法律を定め、また地方独自の税を勝手に決めるなど、ロシアが
統一国家なのかどうか疑問に思わせるような状況がありました。
 こうした混乱状況を、とりわけ法制度の面から是正したのは、プーチン大統領
の大きな功績と言えましょう。
 しかし、今回の改革は、こうした地方の行き過ぎを是正するという枠を超えて、
ロシア全体、ロシアそのものの政治体制の根幹を揺るがす危険性があります。
ロシアは89の連邦構成主体から成り、その中には21もの民族共和国が含まれます。
この国というのは単一国家なのか、それとも連邦国家なのかという問題が常に
あります。
 この民族共和国の運命も含めて、ロシアが中央集権的な単一国家なのか、
それとも連邦国家なのかという国家体制そのものにかかわる問題を突きつけて
います。

 今、地方の首長の中で、表立ってプーチン大統領の提案に反対の声を上げる
人はいません。

 トベリ州知事
「今、ロシアには原油高により多くの外貨が流入しています。
 この状況なら中央集権的に統治する方が経済的に効率的です」

 ボルガ川下流にあるカルムイク共和国イリュムジーノフ大統領は、
「今の状況ではプーチン大統領の言うことには従わざるをえません」
仏教徒のカルムイク人を中心とする共和国
ソ連時代、一つも無かった仏教寺院が32も建設されています。
これも直接選挙時に、イリュムジーノフ氏が、選挙民に約束したことです。
「直接投票によって住民は意思を示すことができ、首長は選ばれることで選挙民
 に対し責任が生じます」
 プーチン時代になると、
 地方が持っていた税を徴収する権利を次々に奪われました。
「今、16ある税のうち、地方が徴収できるのは2つだけです。税制の面ではロシ
 アは既に中央集権的な国になったと言えます。これ以上、その方向に進めば、
 共和国の住民は爆発してしまいます」

 
 北コーカサスでの地方権力の腐敗ぶりには、目を覆うものがあります。
中央から配分された道路建設の予算五千万円が消えてしまった。
そういうことが日常茶飯事です。
その面では、中央による腐敗撲滅という狙いには一理あります。
 しかし同時に中央での権力機構、そしてその道具となる警察や治安機関という
ものもベスラン事件で露呈したように非効率的で、しかも腐敗し、弱体している
のです。
 そうした中で、中央権力強化を強行しようとすれば、かえって地方の反発を
招き、ロシアの国家体制の危機は深まるのではないか。

 政治学者のベルコフスキー氏は、
「以前から地方のリーダー達はプーチン改革に強い疑問をもって反対していた。
 それでもまだ反対する人物をこの改革で排除しようとしている」


 プーチン大統領が目指すのは、ロシアの近代化であり、強い経済に依拠した
強い国家でしょう。上からの改革者と言えるでしょう。
 旧ソ連の民主化は地方から始まりました。非共産党の首長が大都市、
各地の民族共和国で誕生し、それを支えたのは住民の直接選挙でした。
直接選挙を廃止することは、民主主義からの逆行という批判は当然。

 ロシア憲法にも、
「ロシアは単一の中央集権的な国家ではなく、ロシアは連邦国家である」と明記
しています。
 一つの憲法の下で、しかしその中に地方に大きな権限を与えることで、
多民族を内包した国を作ろうというのが今のロシア連邦の精神です。
 
 <民主主義>と<連邦制度>というロシア国家の根本に大きな問題点を
投げかけている。


 治安を安定させ、中央や地方の権力者、財閥などの腐敗への取り締まりが、
それなりに有効である限り、国民はその手法に対し一定の理解や支持を
示してきました。それがプーチン人気の背景でもあります。

「プーチン大統領・強権政治の波紋」NHK・BS