自らの国を持たない世界最大の民族クルド。
イラクのクルド人もまた長い悲惨な歴史を背負っている。
イラクのクルド人が自治権を享受していること自体は、
殆どのイラク人が肯定的に受け止めているのではないか。

クルド人からいえば、イラク戦争に米軍と共に参戦し、共にフセインを倒した。
フセインから自らの自己解放を勝ち取ったということだと思う。

クルド地区はクルドの民兵組織ペシュメルガが自ら治安維持を行っている。
その為、他地域と比して、テロ事件は少ない。

クルド二大政党は一応世俗派とされている。
2005年1月の選挙には、二大政党以外にもクルド・イスラム党も
統一クルド同盟として参加した。
しかし2005年12月の選挙では、クルド・イスラム党はクルド統一同盟を離脱し、
独自に選挙戦を戦い、一定の議席を獲得した。
クルドには、合法政党であるクルド・イスラム党以外にも、
クルド人のイスラム原理主義組織や、
クルド人の原理主義過激派組織も存在する。
かつてクルド地区で車爆弾テロを行っていたアンサール・イスラムは、
米軍による空爆とクルドによる軍事侵攻により、壊滅的被害を被り、
現在では、スンニ派地域でアンサール・アル・スンナを派生させている

クルド地区では、経済再建が進行している。
高級マンションの建設も進んでいる。
国際空港も開港し、繁栄を享受しつつある。
しかし、それは同時に貧富の差が拡大しているということでもある。
また、クルド二大政党関係者でなければ、良い就職口がないとか、
そういう縁故主義、地縁、血縁主義が蔓延しており、
『負け組』の若者層を中心に不満層も形成されている。
早くも政治離れ現象も起こっている。

また、政治的路線を巡っては、老荘年世代は、かつて多くを望みすぎて、
全てを一挙に何度も失ってきた苦い経験に踏まえ、独立には極めて慎重である。
自治権拡大、地歩固めという着実な前進を積み重ねている。
既に獲得された自治権の下で育った若い世代は、独立を目指す者も多い。

イラクのクルド人一つみても、極めて複雑な様相を呈している。
様々な階層、階級、世代、イデオロギー、組織等々の
同盟、対立、確執が存在する。

クルド人にとって、最終目標は、もちろん独立なのだが、
イラクのクルド総体としては、少なくとも当面、
独立は掲げないと私は思っている。


<クルドとスンニ派アラブとの対立点>
アラブ人スンニ派は、クルドの自治権に対して、反対しているのではない。
・キルクークの実効支配権を巡る確執
・石油利益の配分を巡って
 これが対立点だ。
石油利権の配分を巡る対立とは、
地方自治政府と中央政府との配分比率の問題であり、
言い換えると、それが連邦制と中央集権制の対立である。


アラブ・スンニ派からみると、
・クルドの自治権享受は問題ない
・クルドが当面独立を掲げるとは思えない

つまり、問題は、石油利権の配分だけだと思う。
それは、言葉を変えると、
<緩やかな連邦制>か、
<独立性の強い連邦制>か、
そういう問題なのだと思う。

石油資源に乏しいアラブ・スンニ派にとっては、
石油収益の配分問題は、死活的な戦略的問題であり、
クルドにとっても将来的な独立を支える財政的基盤という死活的な戦略問題で
あるという意味においては、深刻な対立点だと思う。


しかし、そういう両者が、現在、ジャファリ首相続投に反対して共闘している。
アラブ・スンニ派が反対しているのは、ジャファリ首相というより、
内務省人事だと思う。内務省を掌握するSCIRIによるスンニ派への襲撃、
これこそが、スンニ派の情勢認識だからだ。
(それが事実かどうかはともかく、スンニ派はそう認識している)

しかし、クルドがジャファリ首相続投に反対しているのは、
ジャファリ首相がトルコを訪問して、キルクーク問題を牽制して以降だ。

・スンニ派はSCIRIの内務省掌握に反対し、
・クルドは連邦制を牽制するジャファリ首相の中央集権主義に反対している。

そういう意味では、スンニ派とクルドは、違うものに反対している。
そういう意味では、呉越同舟である。

連邦制か、中央集権制か、という問題だけなら、
スンニ派はジャファリ側である筈なのだからである。

スンニ派としては、連邦制を巡る憲法国民投票は、政権樹立後のことであるから
今は、連邦制問題は後回しにして、クルドと一時的に連携しているということ
だと思う。
スンニ派にとって、ダアワ党のジャファリは駄目だけど、
SCIRIのAdel Abdul Mahdi なら、良いということなのかどうかが分からない。
スンニ派にとって、SCIRIのマハディ副大統領はもっと駄目なのではないか。
しかし、クルドにとっては、SCIRIは、連邦制への強固な反対派ではないから、
クルドとしては、マハディ副大統領なら、賛成だと思う。


<クルドとトルコ>
現在のトルコは、世俗派の軍部、宗教派の政府になっている。
両者共、現在のトルコの第一義的な国家戦略の第一目標はEU加盟。
その為に、ここ数年トルコ内のクルド人に対しても一定の融和政策を採っている
(クルド語の一部使用許可、学校許可、一部放送許可という程度で、)
(クルドの自治権など全く認めない)
トルコのクルド人は、かつてのPKKの過激なテロ路線は止めて、
イラクのクルド人を学んで、合法的な自治権要求運動へと
大勢は向かっているように思える。

トルコがEU加盟を諦めると、その反動が生じる。
トルコ国内のクルド人への締め付け、
更にはイラクのクルドへの侵攻も大いにあり得る。


<クルドとトルコとアメリカ>
アメリカにとって、イラクのクルド人は、あくまでイラク国内での同盟者で
あって、国際的には、NATOの同盟国であるトルコの方が大事な国。
たとえ、イラク国内のクルド自治区で米軍基地を設置できなくても、
トルコ国内の南東部の空軍基地が使用できれば、
中東での軍事プレゼンスは確保できる。
何が何でも、クルド自治区内に米軍基地を設置しなければならないのかどうか、
私には、判断がつきかねる。
また、トルコ国内での反米感情も高揚しているようだ。

米国との近未来戦争小説、トルコで大受け 背景にイラク戦争めぐる関係冷却化
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200504262035062

「狼たちの谷 イラク」
http://www.jp-tr.com/icerik/yazarlar/tulip/tulip0049.html
http://www.kurtlarvadisiirak.com/
トルコでの公開後三日間の観客動員数新記録


アメリカにとっては、
イラクのクルドに<自治権>以上、<独立>未満が、都合が良いように思える。
クルド自治区内に米軍基地設置を認める程度の<緩やかな連邦制>が
ベストだとも思える。

つまり、トルコが嫌う<独立性の強い連邦制>ではなく、
米軍基地設置を認められる程度の<緩やかな連邦制>でよいとも思える。

アメリカにとって、現状でベストなのは、
世俗派のアラウィ派に政権に入ってもらうことだとも思える。
選挙ではアメリカが期待した程には議席はとれなかった。
だから、世俗派に近い、クルドと世俗派も加わっているスンニ派、
このアラウィ派+クルド+世俗派スンニ
この組み合わせが、現在のアメリカにとっては、ベストだろう。

ただ、スンニ派政党は、宗教政党寄りだ。
イラク・イスラム党とイスラム聖職者協会は、宗教派だ。
しかもこの両者はサドル派とも提携してきた。
スンニ派の地元武装勢力は、自称、宗教派と民族派が半々だと称している。
まあそうなのだろうと思っている。
そのスンニ派地元武装勢力は、イスラム聖職者協会を
自らの政治的広報部と位置付けてきた。
(サドル派とは、ファルージャでの共闘、連邦制反対の共同歩調)

このスンニ派宗教勢力とサドル派との従来の連携関係に楔が打ち込まれたのが、
霊廟爆破事件以降の一連の『宗派対立』と言われているものだ。

クルド:自治・連邦制・独立