「2001年の同時多発テロから二ヵ月後、ブッシュ大統領は、テロに関係した
 外国人は、戦争犯罪人として軍の特別委員会による裁判を受ける可能性がある
 と発表しました。
 それから間もなく500人以上の容疑者がキューバのグアンタナモ基地に
 移送されました。
 しかし、これまで裁判手続きが採られたのはたった四人です。
 しかも、被告側の弁護を任された軍の将校達が裁判は違法だと訴え、
 手続きが中断するという事態になっています。

<グアンタナモ基地の収容者は公正な裁判を受けられない?>
 (CBS放送ブラッドリー記者)
「いや、公正な裁判など全く期待できません。現行のルールはどれも検察側に
 都合よくできていて、被告の権利が侵害されようとされまいと、一切考慮され
 ていないんですから。
 
 スイフト少佐は、いわゆるアメリカ史上最悪の敵とされる被告側弁護団の一員
として国防総省から指名されました。裁判で少佐が弁護を担当するのはサリム・
ハムダンというイエメン人。ウサマ・ビン・ラディンの元運転手でアメリカ市民
への攻撃を企てたアルカイダ・テロリストの一人として告訴されました。

 しかし彼はテロリストでもなければ、9月11日の事件にも
一切かかわっていないとスイフト少佐は言います。

<彼はビン・ラディンがテロリストだとは知らなかったんですか>
「ニュースなどで知っていましたが、ビン・ラディンは彼にとって、
 あくまで雇い主にすぎないのです」
<つまり彼はビン・ラディンの運転手をしていただけで、
 アルカイダのメンバーではなかった>
「その通りです」
<軍事訓練は受けていない>
「ええ」
<でも彼は9月11日当日ビン・ラディンと一緒にいた。
 その時のことについては何と>
「彼が事件を知ったのはアフガニスタンのラジオニュースでした。
 その時、小躍りして喜ぶビン・ラディンの姿を見ながら、これは戦争になる。
 自分にとっても他人事ではないぞとハムダンは気付いたのです」

 検察側は、この件に関する取材に応じません。
しかし訴状によると、ハムダン被告はアルカイダのキャンプで軍事訓練を受け、
武器を運んでいたというのです。
裁判の手続きが採られるまで、ハムダン被告は三年以上もグアンタナモ基地に
勾留されてきました。
軍では外部の裁判所に上訴することは禁じられていますが、スイフト少佐は、
この裁判は違法だと主張し、ブッシュ大統領とラムズフェルド国防長官を相手
取り、連邦地裁に訴えたのです。

<つまり最高司令官に背いた>
「ええ。でも考えた挙句に決めたことですから。
 そうするしか他に方法が見つからなかったんです」

 去年11月、連邦地裁は少佐の主張を認め、裁判は通常の司法手続きに反する
もので、違法であると認定しました。政府は上訴しています。
ホワイトハウスの顧問弁護士だったブラッド・ベレンソン氏は、
戦時中に通常の司法手続きを適用することには、無理があると反論します。
「カブールでアルカイダのアジトを見つけて、コンピューターや書類を押収しよ
 うとした場合、通常の刑事事件と同じように捜査令状の手続きを採るなどと
 悠長なことを言ってられません。アメリカの通常の法廷では認められませんが
 相手がテロリストの場合は、外国の諜報局が手に入れた極秘情報だけを証拠に
 告訴するケースだってあるんです。アメリカ市民に適用される通常のルールに
 従っていたら、それが大きな障害になって、外国人テロリストを裁くことなど
 到底できなくなってしまうんですよ」

 しかし、空軍の元判事シャロン・シェイファー中佐は、ルールがあるからこそ
公正な裁判が保証されるのだと言います。
中佐も同じく訴えを起こしています。
「ルールと通常の法的手続きと権利、そういうものをおろそかにすべきでは
 ありません」
中佐が弁護を担当するスーダン人会計士のイブラヒム・アル・クージ被告は
アルカイダのメンバーで民間人襲撃を企てたとして告訴されました。
彼は財務を担当し、チェチェンで戦闘に参加、更にアフガニスタンとパキスタン
ではビン・ラディンの運転手と護衛、コックを務めていたと検察側は主張。
中佐は具体的な内容は避けながらも、依頼人に対する容疑を全て否定しました。

<依頼人は何と>
「公正な裁判が受けられるとは思っていません」

 中佐は空軍の主席判事補佐という出世の道を放棄し、弁護団に留まりました。
その為に周りからは裏切り者と呼ばれているそうです。
「軍の任務、それは自由を守るということです。
 人によっては戦場で戦う場合もあれば、グアンタナモ基地のキャンプデータの
 警備を担当するという場合もある。
 私は我が祖国アメリカの自由と正義を守る仕事を粛々とこなしているだけです」

 弁護団長を務めるウィル・ガン空軍大佐は、弁護団が批判にさらされるのは
覚悟の上だったと言います。

「我々の行動が理解できない人もいるでしょう。
 テロリストなんて勾留せずに、一列に並べて撃ち殺せばいいじゃないかという
 人すらいますからね。でもよく考えれば、たとえ相手がテロリストでも
 国家としては、それは望ましい対応ではないことに気付く筈です」

 ガン大佐は、空軍士官学校とハーバード・ロー・スクールを卒業し、
ホワイトハウスの特別研究員も勤めた、いわばエリート中のエリート。
テロの容疑者の人権を守りつつ、連邦裁判所、もしくは軍法会議のルールに
則って彼らを裁く方法がある筈だと言います。
「アメリカには立派な司法制度があります。
 この国が独裁国家ではなく、法治国家であることに私達は誇りを抱いています。
 国家がテロの脅威にさらされている今のような時こそ、
 法律に従うべきなんです」

 ベレンソンさんは、国が脅かされている時には、
もっと柔軟且つ現実的に対処すべきだと反論。
テロリストに裁きを下し、テロを未然に防ぐべきだと。
「有事の際に最優先されるのは、アメリカ社会そのものです。
 今のこの社会があるからこそ、我々は自由を謳歌できるんです。
 戦争犯罪の容疑者の権利を通常の犯罪の容疑者と同じように考える必要など
 ありませんよ」

 このまま手続きが進んだ場合、裁判が開かれる場所は、
グアンタナモ基地のこの法廷。
軍の規則でも被告に判決が下されるまでは推定無罪の原則は貫かれます。
法廷の開設にあたっては、国防総省が最高七人の将校を指名、
彼らが判事と陪臣を兼ねます。
有罪評決に必要な票は三分の二。
ただし死刑の場合は七人の将校全員一致の評決が必要です。
上訴の場合は国防長官がその為の将校グループを新たに指名しますが、
最終決定を下す権限は大統領にあります。

 検察側のジョン・アインウェクター中佐は、
裁判に向けて、手続きを進めるべきだと言います。
<貴方の同僚であり、被告側の弁護団でもある将校達は、軍のルールと法律に
 照らし合わせると、これは公正な裁判ではないと言っていますよ>
「弁護側がそう主張できることこそ、彼らが軍の意向に左右されず、
 独立した意見を持っている何よりの証拠です。
 しかし裁判が実際に行われたら、彼らもこれが通常の裁判と変わらないことに
 気付くでしょう。同じように公正な裁判だと分かる筈です」

 通常被告は全ての証拠を見る権利があります。
しかしグアンタナモの法廷では、秘密扱いの証拠を見ることができるのは
弁護士だけで、その内容を被告に知らせることはできません。
<では被告はどうやって抗議するんです>
「被疑者には見せられない機密扱いの証拠もあるんですよ。
 いいですか、アルカイダは今もアメリカに対してテロ攻撃を仕掛けようと
 企んでいるんですよ。公正な裁判も大切ですが、国家の安全を守る為には、
 その辺のバランスを考える必要があります」

<弁護に与える影響は>
「まともな弁護などできませんよ。どうやって反対尋問するんですか。
 たとえば、依頼人に向かって、何とかという名の男に会ったことがあるか、
 その男は君を嫌っていたかなどと聞く訳にはいかないんですよ。
 つまり弁護は裁判の体裁を整えるだけの単なる形式的なものになって
 しまうんです」

 伝聞証拠や宣誓していない供述や強制によって得た供述でも、
それが妥当なものだと判事がみなしさえすれば、証拠として認められます。

「証拠の採用基準が甘すぎます。強制や虐待によって得られた供述であっても、
 あるいは拷問の末に得られたものでさえも認められてしまうんです」
「提示された証拠が拷問によって得られた疑いがある場合は、判事がじっくり
 検証した上で、その証拠が信頼するに足るかどうかの判断を下します」

 更にこんな問題も。
被告は無罪になったとしても、グアンタナモ基地に送り返され、
対テロ戦争が終わるまで何十年も身柄を拘束される可能性があるのです。

「無罪放免の筈が、反対に身柄を無期限に拘束すると言われたら、
 この裁判は一体何の為だったのかと思いますよ」

「被告が勝訴したのに、同じ独房に戻されるかもしれないんです。
 つまりこれは一種のショーにすぎないということでしょう」

<無罪になっても自由の身になれない、それで公正な裁判だと言えますか>
「たとえ戦争犯罪者でないと証明されたとしても、敵性戦闘員でないと限りませ
 ん。その場合は戦争が終わるまで身柄を勾留できるんです」
<弁護団の一人はこれは単なる政治的なショーだと言ってました>
「それは非常に不公平な見方ですね。政治的なショーなんかじゃありません。
 戦争という特殊な状況下で、できる限り公正を期して開かれる裁判なんです。
 通常の刑事裁判とは違っているかもしれませんが、戦時中、緊急事態の中での
 裁判なんですから」

 国家に対する敵の裁判といえども、大統領が司法に介入する権限が
あるかどうか、裁判所は検討中です。

 権限を逸脱しているのは裁判所の方だろう
「ええ、そこまで介入するのは越権行為です。
 その結果、国が大変な危険にさらされる恐れがあるんですから」

「連邦裁判所が大統領の権限を侵そうとしているのではなく、
 大統領が裁判所の権限を侵しているんですよ。
 戦争という選択肢を採った大統領の方針に一介の将校の私が口をはさむつもり
 はありません。でも今ここで問題なのは戦争ではありません。
 既に身柄を拘束されている人達への死刑を含む措置についてなんです。
 大統領は戦争のやり方ではなく、裁判のやり方を問題にしています。
 法を執行する権限を侵さないでくれと政府は言ってるんですから」

<この問題はアメリカと対テロ戦争にどんな影響を与えるんでしょうか>
「我々の敵であるテロリスト達との戦いが進展しなくなる恐れがあります。
 誰かが魔法の杖を振って、現在捕えられているアルカイダのテロリストが
 全員通常の刑事裁判の被告と同じルールで裁かれることにでもなったら、
 大打撃を被るのはアメリカの方です。勝てる戦争も勝てなくなりますよ」

<仮に弁護側の主張が通ったとしたら、それが現実になったら、
 政府はどう対応するんでしょう。現に裁判の手続きは中断されてきましたね>
「そうなったら最初から何もかもやり直しですよ。政府はこの国を守る為に、
 裁判所が適法とみなす範囲に縛られながら、選択を下していかなければ
 ならなくなるんです」



 今年七月、連邦上訴裁判所は、政府の主張を全面的に認め、
ハムダン被告への裁判は違法ではないという判断を下した。
ハムダン被告側は最高裁へ訴えている。

 八月、米政府はグアンタナモ基地に収容されている八割の人達を
出身国に送り返す計画を発表。
既に移送が始まっている。
(サウジ、イエメン、タジキスタン等)
「アメリカはそうすることによって、避難の矛先を変えようとしている」

アムネスティ・インターナショナルは、
出身国に返されても、自国で拷問を受けるのではないかと声明。

 七月、グアンタナモ基地でハンガーストライキ
    収容者への扱いを改善するとの約束で中断。
 八月終わりからハンガーストライキが再開。

「グアンタナモ裁判」:CBSドキュメント