WORLD UNCOVERED (BBC)「イラク撤退の是非を問う」

<今日はイギリスの戦争の歴史が記録される、ここロンドンの帝国戦争博物館を
 会場に、英軍がイラクから撤退すべきかどうかを議論します。
 派遣した時と同様、撤退時期も論議を醸しています。
 英政府は必要な限り駐留させるという姿勢をとっていますが、
 何をもって必要でなくなったと決めるのかが問題です。
 今日は、撤退期限を決めるべきだという人々と、ブレア首相の言うように
 民主的に選ばれたイラク新政府が撤退するよう依頼するまでは駐留すべきだと
 いう人々が議論を戦わせます。
 今日の発言者は、ガーディアンとサンデータイムズのコラムニストで、
 英軍は今すぐ撤退すべきだという御意見のサイモン・ジェンキンズさん。
 そして保守党議員で、タイムズ誌でコラムをお持ちのマイケル・ゴーグさん。
 イラク戦争の強い支持者で、撤退反対派です。
 お二人の意見の証言者の他に、現地での経験や知識が豊富な方々もお越しです
 公平を期す為に双方の発言時間を同じ長さにします。
 まず、サイモン・ジェンキンズさんの御意見を聞きましょう>

「今日のディベートはイラク侵攻の合法性や是非を議論するものではありません
 それについては色々御意見がおありでしょうが、今日は英軍はイラクでできる
 限りの役目を果たし、今こそ撤退すべきかどうかを話し合います。
 私はイギリスは当初の目的を果たしたと思います。
 フセイン政権を打倒しました。民主的な憲法の草案も承認されました。
 そして12月には民主選挙により新しい政権も誕生します。
 今は撤退の時です。外国の地でイギリスはできるだけのことをしました。
 確かにまだ達成できてないこともあります。
 イラクにおける治安は悪化するばかりです。
 英軍がこれ以上駐留すれば更に悪化します。今撤退すれば血生臭い内戦が
 始まるという意見がありますが、その証拠はありません。
 事実現在起こっている紛争の原因の一部は駐留軍にあるのです。
 我々がイラクでのテロを引き起こす原因なんです。
 目的が達成できないのなら、去るべきです。
 イラク政府をイラクの人々に受け渡すべきです。イラクはイラク人の国です。
 そうならば、代理の我々よりも当人達の方がうまく統治できる筈です。
 色々な形で導いたり、助けたりしていくことは結構です。
 しかし占領軍として残るべきではありません。去るべきなんです」

<一つ質問ですが、米軍が撤退するかどうかにかかわらず、英軍は去るべきなん
 でしょうか。それとも両軍が同時に撤退することに意義があるんでしょうか>
「イギリスはアメリカに対し、これ以上のイラク駐留は間違いであり、
 撤退すべきだと言うべきです」
<英軍だけでも撤退すべきということですね>
「他の国と同様撤退すべきです」

<では、マイケル・ゴーグさんの御意見を伺います>
「フセイン政権下のイラクは地下は集団墓地、地上は拷問所と言われていました
 しかし連合軍によってフセイン政権は転覆し、また連合軍の駐留に助けられ、
 民主選挙だけでなく、民主憲法の批准も行われました。国の再建はゆっくりで
 断続的ではありますが、やはり連合軍の協力の下に進んでいます。
 今我々が撤退すれば、民主的な未来を期待する多くのイラク人や連合軍の残留
 を望んでいるイラク政府を大きく失望させることになります。
 また撤退しても、イギリスや同盟国の人々の命を救うことにはなりません。
 逆に今撤退すれば、イスラム教原理主義者との戦いに戦略的に負けたと理解さ
 れます。
 抵抗勢力の指導者ザルカウイらは、我々の撤退を機に紛争を更に煽るでしょう
 彼らの勢力が増すばかりです。
 つまり、イラク人の為だけでなく、もっと広い意味での民主主義と文明社会対
 テロとの戦いにおいて、駐留を続けるべきなのです」

<貴方の意見では連合軍の駐留の結果、イラクでのテロ行為は減った、
 それとも増えたんでしょうか>
「連合軍のイラク駐留は、イスラム原理主義者のテロ行為に対する長期的な戦い
 の一部です。彼らはイラクをテロの舞台に使っていますが、もし我々が撤退す
 れば、その舞台を他に移すでしょう。つまり危険が広がるのです」

<それでは証人への質問と反論に移りましょう>
<ゴーグさんの最初の証人ティム・スパイサー大佐は20年間英軍に勤務、
 現在は安全保障会社エイジスの会長を務め、イラクでの活動で米政府と
 三億ドルの契約を取り交わしました>
「イラクから戻られたばかりですが、再建計画はどうなっていますか」
「欧米で報道されているよりは、はかどっています。
 抵抗勢力の妨害の為、思うようには進みませんが、進展はみられます」
「いつ頃撤退すべきなのか何が目安になるでしょうか」
「今すぐ撤退すれば、再建計画に壊滅的な悪影響が出ることでは大部分の人々の
 意見が一致する筈です。撤退すれば抵抗勢力を勢いづかせてしまいます。
 イラクの治安部隊への訓練は今も続けられており、問題には対応できるで
 しょうが、今撤退すれば治安部隊を構成するという仕事を途中で放り出す
 ことになってしまいます」

<ジェンキンスさんの反論に移ります>
「イラクの治安が二年前よりも改善されていると仰るんでしょうか」
「襲撃事件の数においては改善されたとは言えません。
 しかし治安の影響は民主化にはほとんど及んでいません。
 再建は遅れているかもしれませんが、足止めされている訳じゃないんです」
「イラクでの活動は順調そうですね。
 貴方のような方を雇う必要があるのは、情勢が悪化しているからでしょう。
 軍を引き上げて、設備の警備を民間の警備会社に委ね、
 イラク人に政治を任せれば、再建もはかどるのではありませんか」
「うちのような組織が連合軍の身代わりになれるなどとは到底思えません。
 連合軍の駐留如何にかかわらず、今後も民間企業の果たす役割はあるでしょう
 今の所、抵抗勢力への対応をイラク軍に任せるのは賢明ではないと思います。
 準備不足で兵士の数も少ないですし、民間企業にはどうしようもありません」
「抵抗勢力が占領軍への抵抗とみられている為に対応が難しくなったように感じ
 ます。占領軍が引き上げたら抵抗勢力の問題もなくなる筈ではありませんか」
「その見方は理屈が合いませんね。抵抗勢力の攻撃目標を考えると英米兵士より
 も多くのイラク人を殺害しているんですから」
「イラク人が殺害されるのは、ある意味、連合軍の為に働いたからですよね。
 攻撃目標にされている訳です」
「イラク治安部隊や警察、連合軍で働く人や連合軍側のグループ、再建計画の為
 の会社の人間だけをターゲットにしている訳じゃありません。
 街頭にいたイラク人もたくさん殺されているんです。
 仕事をしたり、バスを待っていたり、レストランの前で立っていた市民も
 犠牲になっています」
「国民の大半は連合軍の駐留が殺人を招いているとみていますね」
「そうとは言い切れません。ここ十五ヶ月イラク中を何度も旅行しましたが、
 イラク人の多くは本心ではどの国にも駐留して欲しくないと考えているよう
 です。自力で何とかしたいが連合軍なしではやっていけないということです。
 再建の為には再建会社が必要なんです」

<ジェンキンスさんの最初の証人アンドルー・ベアパークさんは、2004年の7月
 まで連合軍暫定当局のバグダッド活動インフラ局長であり、その後イラクで
 活動する安全保障会社の顧問を務めておられます>
「イラク侵攻以来、何度もイラクを訪れていらっしゃいますが、
 状況は良くなっていますか」
「悪化しています。2003年の後半から翌2004年の前半にかけては、
 学校が再開され、電力生産も向上するなど、明らかに改善がみられました。
 しかし2004年の2月以降は逆に悪化し、今では月毎にひどくなっているよう
 です」
「英軍が撤退するとどうなるでしょう」
「皮肉な話ですが、そうした方が再建作業は進むでしょうね。
 結局、再建作業は地元に根差した形でしか進みません。
 特に起業家精神を生かさなければならないと思うんですが、
 結局これは占領とは相容れませんから。
 占領軍は弊害になっているということです」
「占領軍が撤退すれば、民兵が代わりに入って来て、
 かえって国民を守るということなんでしょうか」
「もう民兵は入って来ていますよ。確かに占領軍がいなくなれば、例えば、
 パイプラインを破壊したりとかそんなことをする意味はなくなるでしょうね」

<ではゴーグさん、反論をどうぞ>
「ベアバーグさん、貴方は少しばかり御自分が成し遂げてきたことを過小評価し
 てはいませんか。イラクの石油収入は建国以来最高に達しています。
 産出量も戦争前に追いつきました。
 何故これが悪くなっているように見えるんでしょうか」
「普通の国民の目からすれば悪くなっているということです。
 たとえ少し石油収入が上がっても、国民は恩恵を受けていません。
 確かに水道を整備したことについては最大の成果として誇りに思っています。
 でも電気はまだパイプラインが破壊されていることもあって、
 全国には行き渡っていません。
 たとえ電気自体はあってもバグダッドに届かないというような状態なんです」
「ゲリラ的な占領軍への攻撃が再建を阻んでいると仰る訳ですね。
 しかし先程スペンサーさんが仰っていましたが、最近の標的はどちらかという
 と民間人になってきているのではないでしょうか」
「確かにそれはあるでしょう。それがテロリストというものです。
 しかしインフラの破壊を続けていることは確かなんです。
 三日前にもパイプラインが攻撃されました。
 一週間前にも発電所への攻撃がありました。
 インフラへの攻撃が特に問題なんです」
「話を逸らさないで下さい。
 民間人が狙われているのは何故かということが大事なんです。
 テロリストのリーダーであるザルカウイ氏は、敵は英米というよりも民主主義
 だと言っていますよ」
「民主主義を打ち立てることこそ、皆にとって良い結果をもたらすことは確か
 です。でもその為には地元の人に会社の所有権を認めることが前提となります
 15万の兵士が駐屯する中でそんなことはできないと思います。
 民主主義は押しつけても根付かないんです」
「ザルカウイ氏は占領軍に居て欲しいと思っている筈はないと思いますがね。
 民主主義を阻もうとしている人物なんです。
 占領軍がいなくなれば、それが楽になります。
 戦略的な勝利です。テロ行為を助長するだけです」
「ザルカウイ氏が恐れているのは、イラクの地元の軍が強くなることだと思いま
 す。ですからイラク軍を訓練する必要は私も認めます。
 それと占領を続けるということは違うんです」


<会場からの反論です。コリンズさん>
「イラクの人に国の運用を任さなければならないことは確かです。
 でもまだ責任を果たせる状況ではないと思います。
 ですから、まだ軍を退く訳にはいきません。
 確かに占領軍がターゲットになっているという面はあるでしょう。
 だからこそ支持を広げていくこと、占領しているのが英米だけではないという
 ことをイラクの人に納得して貰う必要があると思います。特に外交での
 話し合いを進めて、アラブ諸国の軍を入れることが求められますね」

<パトリック・コーディングリーさん>
「バスラに駐屯している英軍はよくやっていると思いますよ。
 訓練についてですが、今も十分にやっていると思います。
 警察の方は難しい面もあるようですが、軍の方はうまくいっています。
 ただ、いずれにしてもいつまでも続ける訳にはいきません。
 一年は無理にしても、一年半から二年くらいしたら、
 後は自分達でやってくれと言わなければならない時が来るでしょう」
<撤退の時期は定めるんですか>
「公に時期を定めるのは難しい。
 そこが問題なんですが、個人的には長くて三年と思います」

「ジェンキンズ氏は、来年初めに予定されている選挙が終わり次第撤退すべきと
 いう考えですが、コーディングリー少将も御指摘のようにイラク治安部隊の
 自立が欠かせません。スパイサー大佐は一応進展があると仰っています。
 コーディングリー少将は三年と言われますが、
 私は日にちを設定するのは愚かだと思います。
 治安部隊の準備状況をみて判断すべきであって、
 今はまだそれがいつか分からないのですから」
「これは子供が巣立っていくのと同じです。
 いつか子供にもう一人立ちの年齢だと言う時がくる訳で、
 イラク部隊についても同じことが言える筈です」
「国際社会が問題の解決に成功した例をみると、時期や期限を設定しています。
 南アが良い例でしょう。
 ですから今回も何らかの期日を決めると有効だと思います。
 その時期については国際社会との合意が必要ですが、
 同時にイラクの人々の意向を聞くべきだと思います。
 私はイラクの選挙や国民投票の日程はこちらの都合で決めたと思います」

<イラク・クルディスタン地方政府のバイアンサミ・アブドゥル・ラフマン氏>
<連合軍の撤退時期を決めるのは正しい方向だと思われますか>
「いいえ、撤退の日にちを決めることは抵抗運動を助長し、国の再建にとっても
 マイナスになるでしょう。英部隊の撤退により、イラク部隊が訓練の機会や
 施設を失うばかりか、一般のイラク人にとっても精神的な打撃になると
 思うんです。哀れなイラク人市民を狼の手に渡すようなものです。
 イギリスがそんな結果を求めていた筈ありません」
<撤退時期はどうのように決めるんですか>
「それはイラク政府とクルディスタン政府が決めることです」
「つまり、その国の政府が求めれば、無期限に留まるのが我々の仕事だと
 仰るのでしょうか。耳を疑いたくなるような発言ですね」
「そんなことは言っていません。これはイラクという特殊な例なんです。
 イラクにはサダム・フセインという異例の暴君がいたからです。
 何もイラクの例を全てに適用せよと言ってるんじゃありません。
 ただイラクは特別な例で、民主主義と平和を新しい統一イラクに残すことは、
 イギリスの為にもなると思うんです。今、もう少しの所まで来ているのに、
 何故今撤退と仰るんでしょうか」

<国際問題研究所のポリさん>
「長く駐留することによって、イラクに民主主義が築かれる可能性が高まるか
 どうかだと思うんですが、私は国の再建の主体はイラク国民自身にあるという
 意見には賛成です。最初から私達が犯したミスは、上からの命令でイラクを
 変えることができると考えたことでしょう。イラク国民を主体としなかったの
 です。しかし同時に抵抗運動の主体がザルカウイ氏にあると思うのも間違って
 いると思います。彼はヨルダン人であり、イラクから外国の部隊が撤退すれば
 彼も撤退する筈です」

<ミュージシャンのブライアン・イーノさん>
「どちらの議論もイラクを暫く占領してから去るということを前提としています
 が、私はこの前提そのものが疑問だとかねてから思っています。
 アメリカは長期または恒久的な占領を計画していたに違いありません。
 西側の軍が中東に足場を築くことになる訳で、元々長期駐留を想定していたと
 思います。だからこそ今、イラクに四つもの広大な基地を造っているんです」
<つまりできるだけ早く撤退すべきだということですね>
「ええ、明日にでもね」

<英軍の展開、原則面を担当されたジョナサン・ベイリーさん>
「私は期日を決めることには反対です。特定の日にちなどを設けると
 成功の基礎を築くどころか、失敗の条件を作っているようなものです」
「予定を定めることにそれ程反対される根拠は何ですか」
「それは不必要にことを急いでしまうからです。
 撤退は全てが成功したことを意味すると私は思っています。
 でもそれはイラク国民が求めた成功ということです。
 撤退は一挙に行うのではなく、時間をかけて段階的に行うべきだと思います。
 ある日突然全ての条件が満たされたから撤退だということはあり得ない筈です
 イラク軍が十分なレベルに達したし、経済発展もあるレベルに達したから、
 それを一挙に撤退などあり得ません。段階的なものにしかならない筈です。
 この日にはまだ撤退できないが、この日なら大丈夫だなどと言えるもので
 しょうか」
<ジェンキンスさん>
「期日を設けなければ永遠に留まることになります」
「過去にも期日を設けて失敗した例があります。
 イエメンのアデンでも撤退の日を決めたばかりに、地元の警察は英軍が去った
 日には命がないと思い、反乱に出ましたし、また今のジンバブエ、ローデシア
 では、ムガベ氏と七年にわたり戦い続けた地元警察は、選挙の結果を聞いて、
 歓声を挙げました。自分達の為になることが分かっていたからです。
 ですからイラクでも、英軍が撤退すると発表すれば、どんな危険が待ち構えて
 いるか分かりません」
「どの法律をもって無期限に留まると仰るのでしょうか」
「無期限とは言っていません。イラク国民と我々の間の合意に基いた撤退を
 待って、成功と呼べると言っているまでです。
 撤退できるという事実が成功を意味するんです」
<つまり連合軍の撤退時期についてイラク政府に決定権があると>
「そうです」
<分かりました>

<息子さんのフィリップさんをイラク戦争で亡くされたスーザン・スミスさん>
<英軍の駐留については御意見がおありと思いますが>
「英軍は撤退すべきだと思います。
 イラクの人々が益々犠牲になるばかりだからです。
 実はブレア首相から御手紙を頂いたんですが、12月の選挙の後まで留まるべき
 だと書いてありました。
 それなら選挙が済めば、撤退すればいいじゃありませんか。
 イギリスはイラクに留まる権利はないんです」
<12月に撤退すべきと>

<イラク国民議会のサアド・ジャワド・キンディール議員>
「もちろんイラク国民は外国部隊の撤退を待っています。
 しかし外国部隊は二年半にわたってイラクに留まっており、
 この二年半の間、治安の責任は外国部隊の下にありました。
 その為、今直ぐに撤退したり、撤退の期日を決めてしまったりすると、
 イラクの治安が損なわれる危険があります。
 ですから、外国部隊は機が熟すまで、つまり撤退してもイラクの治安が
 保たれると確信できる時まで駐留を継続すべきだと思います。
 選挙で選ばれたイラク政府の判断も重要な要素になるでしょう」


<ではここで、証人の第二グループをお招きしたいと思います。
 ジェンキンス氏の第二の証人は、ハマスやヒズボラといったイスラム急進派間
 の停戦合意で活躍された元EUの安全保障問題顧問アリステア・クルック氏です
 英海外情報局に30年勤め、アフガニスタンでの御経験もあると言われています
 が、御本人はノーコメントと仰っています>
「英軍がイラクに駐留していることでテロ攻撃が阻止されていると思われますか」
「いいえ、確かにそう考えたくなるのも分かりますが、事実ではありません。
 イラクは今、外国部隊に占領されている訳で、特にスンニ派地域が軍事的抑圧
 を受けていることで、イラク人に多くの犠牲者が出ており、内戦の雰囲気さえ
 生まれています。状況を悪くしているだけだと思います」
「これから半年の間に、訓練を施す為の部隊のみ残して我々が撤退したら
 イラクはどうなるでしょうか」
「まず抵抗勢力と一言に言っても、全く性格の異なる二つの勢力が存在すること
 を理解する必要があります。まず抵抗勢力の九割は民族主義者達で、
 占領が終結し、自分達が政治の世界に戻れることを望んでいる人達です。
 そしてアメリカが4%から6%と見積もる極々少数派が外国のジハード戦士達
 です。革命家、ザルカウイ派、色々呼び名はあるでしょう。
 彼らは全く別の目的を持っています。革命、そして新しい世界秩序を求めて
 いて、これを追求していくことでしょう。でも極少数派に過ぎず、もし部隊が
 撤退すれば、スンニ派の主流派が政治に戻ると思うんです」

<ゴーグ議員>
「スンニ派は既に政治へと動いているのではありませんか。
 確かに移行議会選挙の時はスンニ派はボイコットしましたが、憲法に関する
 国民投票の時には多くが投票しました。
 スンニ派の政党が民主プロセスに参加しようとしているんです」
「それは逆ですね。
 国民投票でスンニ派が投票したのは、憲法を妨害したかったからです。
 そしてもう少しで成功する所でした。
 三つの県の内、拒否が三分の二に至らなかったのは一つだけでした」
「しかし票を武器に使いました。それは民主プロセスへの参加です。
 アイルランドのカトリック系の運動と同じです。戦闘行為、政治への不参加で
 始まったものが、選挙への関与を通じて民主勢力へと発展していきました」
「これこそまさに私が言わんとする所です。
 抵抗勢力の九割は占領に反対して戦っているんです。
 それ以上の目的はありません。
 極少数派のジハード戦士達とは戦術上かかわっているだけです。
 一旦占領が終結すれば、少数派の革命家達が使っている手段を支援するつもり
 などないんです」
「スンニ派が戦術を改めて民主主義を取り入れようとしている事実を否定されて
 いる訳ではありませんよね。イラク国民の大半は連合軍ではなく、抵抗勢力に
 より殺害されている訳で、つまり衝突の主な原因は、抵抗運動にある筈です。
 また抵抗勢力の使うレトリックやアプローチはイスラム原理主義のそれでは
 ありませんか」
「それは違いますね。民族主義的な抵抗運動は大方はスンニ派の地域が中心です
 スンニ派の人々はアメリカの軍事的な圧力により虐げられていると感じていて
 占領の終結を求めているんです。
 イラク人死傷者の大半は連合軍に責任があることは明らかです。
 これはアメリカの統計でもそうです」
「ウサマ・ビン・ラディン容疑者は、強い馬と弱い馬がいれば、
 人は強い馬に従うものだと言ったことがあります。
 もし連合軍がイラクから撤退すれば、
 世界のイスラム原理主義者は西側は弱い馬だとはみませんでしょうか」
「今連合軍が撤退すれば、
 イスラム原理主義の本人達が一番衝撃を受けると思いますよ」
「我々の強さのしるしとでも」
「まさにその通りです。誰の目から見てもイラクでの作戦は失敗なんです。
 イスラム教徒からみると、これは既に失敗です」
「イラクに民主主義がもたらされたとみる向きもありますが」
「西側はこれ以上イスラム世界が不安定になり、
 分裂が起きることを避けたいと思っています。
 しかしこれ以上イラクに留まればまさにそうなってしまうと言ってるんです」

<ゴーグ議員の二人目の証人サラアル・シェイクリー氏は、
 2004年以来駐英イラク大使をお勤めで、それ以前はフセイン政権時代、
 主要野党イラク国民合意の亡命指導者でした>
<ゴーグ議員>
「シェイクリー大使、御自身は証人グループでは唯一のイラク人で
 いらっしゃいますが、イラク国民は一体何を求めているのでしょうか。
 留まり、民主主義へのプロセスに協力して欲しいと思っているでしょうか」
「イラクのことをよく知っているかのように話される方も、
 実は全く分かっていないからです。
 更に我々に相対する派の議論ですが、結論を除けば、
 実際は英軍、連合軍の駐留継続を支持していると思います。
 コーディングリー少将は実にあとニ、三年の駐留を見据えていらっしゃいます
 これは証人以外の方から出た大変貴重な発言だと思います。
 少将は部隊はまだ駐留を続けるべきだとお考えです。
 任務半ばで撤退というのは、やはり受け入れられません。
 一年前でしたが、英部隊はイラク南東部のアルマラで
 二度程問題がありましたが、これが落ち着くとすぐに正常に戻りました。
 我々には連合軍が必要なんです。
 実際この駐留軍は占領軍ではありません」

<ジェンキンズ氏>
「シェイクリー大使、イラク国民は憲法を承認しました。
 既に国政選挙が行われ、12月には次の政府も選挙で選ばれます。
 国民主権の存在する状況で、外国にはどんな支援を期待しますか」
「イラクで起きたことは、政権変更でもなく、国の組織が全て崩壊したことです
 軍も公安組織も警察も残っていませんでした。
 そこで建て直しの為の支援が必要になりました。
 再建実現まで支援が必要なんです。
 東側の国境は千キロあり、シリア、サウジアラビア、クウェートとも国境を
 接しており、軍が整備されるまで保護が必要です。
 コーディングリー少将の求める水準には達していないかもしれませんが、
 既に十師団があります。司令官も認めるように、これには時間が掛かります。
 その時がきたら、皆さん有り難う御座いましたと言って、外国軍に撤退して
 頂きます」
「生命が犠牲となり、資金を使っています。以前自分達で定めた、
 もしくは、あなた方が希望した目標には到達していません。
 警察の役目をしているのは、ほとんど民兵、ゴロツキ、それに軍閥です。
 軍隊は二年経っても思った所までいっていません。
 英国民は、いつになったら自分の国を運営できるのかと
 厳しい追及をする権利があります。
「できますよ。過去を振り返るとサダム・フセインという男が
 滅茶苦茶にした時まで、イラク人はうまく国を治めていました。
 私は家族を亡くした人に同情します。私達は心からそう思っています。
 私にも子供と孫がいますので、気持ちが分かります。
 誰にも国の為に犠牲になって欲しくはありませんが、自分達で選んだ道です。
 それにメディアもセンセーショナルな報道をするのではなく、真実を伝える
 べきです」
「情勢不安で不可能です」

<イスラム協議会のバフ・マウートさん>
「イラク国民は英軍を占領軍とみてはいないと仰いましたが、先週の連合軍の
 調査ではイラク人の四割が攻撃の対象にしていいと考えていることが分かりま
 した。英軍が駐留するイラクの南部では、63%もの高率になります。
 イラク人が国の為に犠牲になるべきではないとも仰いましたが、
 英軍の兵士も犠牲になっている状況をどう説明しますか。
 63%もが殺されて当然だと考えているんです」

<イラク軍のトレーニングをしたマスタートンさん>
「私は夏までイラク軍と一緒に働いていました。
 私達が短期で撤退するとほとんどの人が裏切られたと感じるでしょう。
 前政権を支持する人達は喜ぶでしょう。
 残念ですが、イラクの警察も喜ぶでしょう。
 しかしまだイラクの治安部隊の準備はできていません。
 準備ができるまでしっかりと育成することが必要です。
 三か月か六か月か増強し、技術を覚えさせなければなりません」

「私はイラクの駐留が長引く程、英国内の危険が増すと思います。
 7月7日の爆破事件の犯人の一人が殺されているから殺すのだと言いました。
 疎外感から同じ感じ方をする若者が多いんです。
 イギリスに住む若者の一部に、
 どこでもイスラム教徒が狙い打ちになっているとの認識があります」

<アル・ハキムさん:テロ反対活動家だそうですが、どういう意味ですか>
「テロに反対することです。問題は表面上どう見えるかです。
 アルカイダは自分達の目的はイラクに留まることではなく、
 イラクを軸に拡大することだと言うでしょう。
 アルカイダとの戦争はメディア戦争です。
 このことはザワヒリが、ザルカウイへの最近の手紙で書いていました。
 宣伝です。戦略で負ければ、もしくは負けたように見えれば、
 それはアルカイダの人集めを助けることになります」

<クルックさん>
「抵抗勢力の中にも激しい闘争があることは理解すべきだと思います。
 主流派は、占領を終結させ、スンニ派も参加する形の何らかの政治を
 取り戻したい。一方一部に大きな野望を持つグループがある。極少数です。
 占領が終われば、この不安的な戦略上の同盟も崩れます。
 そして少数派は孤立します。イラク国内の暴力が減少すれば、
 政治に勢いがつき、スンニ派、シーア派両派の対話は進むでしょう」

<アル・ハキムさん>
「テロ行為を正当化するような言い方を聞くと、本当に嫌な想いがします。
 同じ口でパイプラインを爆破するナショナリストというのを聞きます。
 自分の国を爆破するナショナリストなんてあり得ますか。
 子供の首をはねたり、女性をレイプしたりなど、こういう者を
 ナショナリストと呼んで、その行為を正当化するのは耐えられません。
 それはテロとしか呼べないものです」

<ジェンキンスさん>
「占領が過激思想の肥やしになっているとは感じませんか。
 何百万というイラク人がテロと戦っているのは明らかです。
 占領のせいでテロに引き込まれているんです。
 反抗勢力を勢いづけているのも占領です。
 イラクに二度行った経験からも言えますが、占領がなければ、占領によって
 焚きつけられた極少数の過激派に対応する為、大多数のイラク人が命を懸けて
 戦っていると思います」

<スミスさんは第一次湾岸戦争で司令官を務められましたね>
「三点あると思います。まずアメリカと一緒に続けるか、撤退するかについては
 同盟を見捨てるのは国にとってよくない政策だと思うんです」
<ジェンキンスさんの論点はアメリカが存在しなければ意味がないということ
 ですか>
「その通りです。取り返しのつかないことになります。
 同盟は見捨てるものではありません。
 そういうことで有名になってはいけないんです。
 過去お世話になりましたし、将来もそうでしょうから。
 二つ目は、イラクではなく、地域全体のことです。
 私達は地域に対応した訳ですから、どのような影響が及ぼされるか
 理解しなくてはなりません。撤退が早すぎれば、隙間に何が起こるか。
 トルコやシリアが出てくるか、イランはどうか。
 これが撤退判断の主要要素だと思います。
 三つ目はまだ負けてもいないのに何故恐れる必要があるのかということです」
 
<英イラク協会のマジーン・ユーニスさん>
「ハキムさんは世界の抵抗運動の歴史を読んでいらっしゃらないようです。
 フランスがドイツに占領された二年間、30ものレジスンスグループがいました
 独軍が使う建物を攻撃していました。占領軍が国の資源を使えないように
 民間のターゲットを攻撃することも当然とされました。
 次にバスラの英部隊を標的にしているのは、アルカイダではなく、
 その土地の人達です。
 この地域の部族であり、バスラの状況は非常に危険になっています」

<クリセ・ドーリさん>
「問題はどのような条件で英米軍が撤退するかです。
 仕事が済むまで駐留しなければなりません。
 永久駐留ではなく、どのような条件で撤退するか明確にしなければなりません
 それは例えば、4月1日とかいう期限でなくてもいいんです。
 駐留を続ければ私達の国は過激思想を惹き付けるだけでなく、
 その温床にもなりかねません」

<ラフワンさん>
「クルックさんが抵抗勢力のほとんどは、政治を取り戻したいスンニ派だと
 仰いましたが、私自身は政治に戻りたくありません。
 彼らは骨の髄までのバアス党だからです。
 バアス主義者は、自分達に政治権力がないことが許せません。
 求めているのは、政治ではなく、権力なんです。
 イラクでは暫く前からスンニ派アラブ人の政治参加への門戸が開かれています
 少しずつ政治に参加する人達が増えています。
 これこそが道であって、英軍が撤退し、バアス主義者やイスラム過激派の
 思い通りにさせるべきではありません」


<お二人の基調講演者にまとめて頂きます>
<マイケル・ゴーグ氏>
「いつ撤退すべきか、さまざまの考えを伺いましたが、撤退するにしても、
 直ちにはできないというのが、納得のいく意見だったと思います。
 イラクが自ら治安を守れるようになるまで待つべきだという考えです。
 イラクから戻ったばかりのティム・スパイサーさんとイラクの駐英大使は、
 英軍・連合軍の駐留は必要とお考えです。
 その理由は私達が勝ち取った自由をイラク人が享受する為です。
 そして撤退が、致命的な結果を招きかねないからです。
 クルックさんは、反抗勢力の性質を取り違えています。
 その実態をイラク情勢に通じている方々から伺いました。
 ナチスとソビエトの約束の産物であるイスラム原理主義者とバアス主義者が、
 芽生えたばかりの民主主義の首を絞めようとしています。
 スンニ、シーア、クルドは機能するアラブ民主主義の為、少なくとも努力して
 います。そうすれば反抗勢力のリーダー、ザルカウイ氏も認める通り、
 イスラム原理主義への一番の打撃となります」

<ジェンキンス氏>
「イラクは落とし穴に向かっている危険があります。
 何をやっているのか真剣に考えなくてはなりません。
 大胆な言葉、もったいぶった発表、大風呂敷などは全く役に立ちません。
 一年前に比べ状況が悪化しています。私達は勝っていないんです。
 敗北でもありません。第二次世界大戦について、曖昧に触れることを続けて
 いるばかりでは何にもなりません。イラクに関して私は比較的楽観的です。
 憲法の国民投票もありました。
 政治が動き、民主政府が政権に就こうとしています。
 雛が巣立とうとしています。
 何よりもイラクをイラク人の手に戻して任せましたということが大切です。
 イラクの軍隊が形になりつつあり、来年の六月までに南部の師団が機能し始め
 ます。任せてもよいだけの治安状況が現実化します。
 計画のない占領をいつまでも続ける訳にはいきません。
 私達の国ではないので撤退すべきです」


<イギリスのイラク政策担当者は、この場には居ません。
 国防相は、議論は省内で行いたいと伝えてきました>

「イラク撤退の是非を問う」THE WORLD UNCOVERED:BBC