「私達を人間として扱ってくれたのはサダムだけだった」

 イラクのロマ(ジプシー)はガジャルと呼ばれる。
結婚式などのお祝いに呼ばれ、歌や踊りを披露するのが生業。
一般のイラク人はガジャルに対して強い偏見、差別意識を抱いている。
一般の学校はガジャルの子供を受け入れようとはしなかった。

 大統領就任直後、フセインはガジャルに市民権を与え、
家を所有することを認めた。土地と家を与えた。

 首都陥落後、ガジャル達は、周辺住民によって襲撃され、追い出された。
「サダムが終わったのだから、ガジャルの時代も終わりだ」と
言い放ったのは、その地区の小学校の校長だった。
暴力的に追い出されたガジャル達数百世帯は米軍駐屯地周辺に集まってきた。
「米軍は食料や毛布をくれたし、私達を守ってくれた」


 根強い部族社会
事件が起こった場合、部族同士の話し合いがつくまで、警察は容疑者を
拘束するが、話し合いがつけば、釈放されるのが普通という。
刑法よりも、部族のしきたりの方が優先される。

「イラクは都市を一歩出ると、部族が勢力を張る社会だ。旧政権系であれ、
 アルカイダ系であれ、よそ者が勝手に爆発物を爆破させたり、銃撃や
 ロケット弾をつかって米軍への攻撃をしたりできるような場所ではない」
「道路に深さ1メートルほどの穴を掘って、爆発物を埋め、米軍車輌が通る時に
 遠隔操作で爆発させるような手間のかかる作戦が、地域住民の協力を得ること
 なしに実行できるとでもいうのだろうか」

フセイン政権は、
「軍事独裁国家ではなく、治安情報機関が国を支配する警察独裁の国だった」
@特別治安部(五千人)大統領直属・大統領警護
A総合治安部(八千人)政治犯取締
B総合情報部(一万人)国内外情報機関ムハバラート
C軍情報部(四〜六千人)軍内部の監視
D軍治安部:大統領直属:軍を二重チェック
 何重にも張り巡らされ、相互に監視し合い、大統領直属で多重チェック
 軍さえも最大の監視の標的

「アルカイダであれ、外国の情報機関であれ、
 今のようなイラクでは好き勝手に入り放題」
「勝手に金を使ってネットワークを構築している」
各国情報機関の使命はイラクの安定を揺るがすことだ。
「想像を超えた情報戦と謀略戦の中で、
 ムハバラートが国家の治安と秩序を維持してきたことも現実」

「国連は都合よく隠れ蓑に使われた」

経済制裁下の90年代にワッハーブ派が勢力を拡大した。

自爆テロは、90年代のアフガニスタンでもほとんど起こらなかった。
90年代にイスラム過激派と軍・治安部隊との血みどろの抗争が続いた
アルジェリアでも、自爆テロは例がない。

「フセイン強権体制が、国民の下からの力で倒れたものではなく、
 米英という外国軍に倒されたことで、イラク人一般の中にも、
 フセイン体制を支えていたメカニズムや国民としての意識は
 清算されないまま残った」

「中東では多くの国で民衆は、権力者や政党、宗教組織などが、
 自分の権力の大きさを示すために動員される存在にすぎない」

サマワのシーア派宗教指導者はファトワを出した。
「サマワ市民にとって自衛隊を防衛することは宗教的義務である」
米英の占領下で、駐留する外国部隊に対する防衛を
宗教的義務として出すのは、初めてのケースだった。
「自衛隊は占領軍ではないと考える」と師は述べる。


スンニ派反米武装勢力十組織の連合体「イスラム民族抵抗運動」統一司令部
「我々の戦闘員は計五万人。イラク全土の武装勢力の約四割を占める」
「政治参加の条件」
一.占領軍が全ての軍隊を撤退させるという計画を発表すること
二.多国籍軍はいかなる軍事行動も行うことなく、全ての都市部から
  撤退すること
三.占領軍との戦いで勾留された政治犯を全て釈放すること
四.アラブ連盟、欧州連合(EU)、イスラム諸国会議機構(ICO)の監督の下で
  暫定政府を樹立する
 「都市部からの撤退は半年以内」「全面撤退は三年以内」
 「米軍が都市部から撤退すれば、米軍やイラク警察・軍への攻撃を停止し、
  選挙に参加する」

「米軍が2004年秋、大規模攻勢をかけたサーマッラーやファルージャでは、
 地元勢力もアルカイダやアンサール・アルスンナなどのイスラム過激派勢力と
 ともに戦ったという」

2005年春、統一指導部の政治部門の指導者が、
イラクの隣国で開かれた会議出席時に筆者は接触した。
アルカイダ系と「ある時は共同で米軍攻撃をすることもある」
「市民を巻き込む自爆作戦については、立場が異なる。アルカイダに入っている
若者達に、アルカイダを離脱して抵抗グループに加わるように働きかけている」
「もし、米軍が撤退に応じたら、武装勢力も治安維持に協力するのか」と問うと
「第一段階として米軍が、市街地から外に撤退すれば、我々は米軍への攻撃を
 やめる」
「警察を襲撃しているアルカイダ・グループを抑え込むことはできるのか」と
問うと、
「たやすいことだ。我々の命令に従わねば、力で従わせる」と言い切った。


「13世紀にモンゴル軍が中東に侵略してきた時、
 モンゴル兵はイスラム教徒を盾として攻撃を仕掛けてきた。
 イスラム側では、盾とされた者を犠牲にしても反撃が許されるという
 宗教見解が出された。
 それを今のイラクに適用できるというザルカウィの言い分だ」
 エジプトの元国家宗教指導者ナセル・ワセルは
「タタール・ルールは、敵が我々を攻撃し、
 イスラム教徒を盾にしている場合に限る。
 占領から国を守る戦いでは、敵を攻撃する場合には、
 民間人が巻き添えにならないことを確認しなけれなならない。
 イラクの場合に、敵を攻撃するという口実の下に、
 民間人を殺害するのは、イスラム法では許されない。
 タタール・ルールは、盾となっているイスラム教徒を犠牲にしてでも
 攻撃しなければ、イスラム教徒が全滅させられてしまうという場合に限ると
 ザルカウィの論理を退けた」

<各地で対米軍攻撃を続ける地元の武装組織>と
<都市部で市民を巻き添えにして自爆テロを繰り返すイスラム過激派>を
区別しなければならない。

 エジプトのディーア・ラシュワンは、
「イラクで多発する自爆テロが世界のメディアの目を奪い、
 地元の武装勢力による抵抗運動の激しさを覆い隠している」と語る。
「イラクは戦争を繰り返し経験し、強大な軍隊を抱えていた国だ。14万人の
 米軍を苦しめているのは、明らかにプロの元軍人達のゲリラ戦法である。
 米軍は、ザルカウィが潜伏しているという口実で、ファルージャなど
 反米武装勢力の拠点を攻撃してきた。ザルカウィは米軍が『対テロ戦争』
 として軍事作戦をする口実として利用されている」


「戦後のイラクの悲劇は、現実をいびつに単純化したイメージや宣伝によって、
 実像を結ばないまま、事態が悪化していくことにあるだろう」

「テロリストに戦争のルールは通じない、というかのようではあるが、
 米軍の「無法」の対象となっているのは一般住民なのだ。
 さらに「疑わしきは、撃て」式の過剰な先制攻撃が、各地で行われる。
 無法者と戦って秩序を回復するはずの米軍が、地元のイラク人には
 無法者そのものに見える」
「特に女性に対する対応では、イスラムも部族のしきたりも知らない軍隊が
 武力を振り回せば、それだけで無法者になってしまう」

「復興と民主化支援を訴える軍隊が、国民の多くを敵に回して
 利益があるはずもない。そこに対テロ戦争の問題がある。
 どのような軍隊であれ、戦闘部隊が丸腰の民衆や住宅地域で
 軍事行動を行うことは、それ自体が暴力なのだ。
 住民の中に潜む「テロリスト」を捜し出すという、
 本来、警察が行う行動を、重武装の軍隊が行うためである」

「『対テロ戦争』を掲げる米軍は、自爆テロを行うイスラム過激派を掃討するの
 ではなく、地方で対米攻撃を仕掛けるゲリラ的な反米武装勢力と戦っている。
 「反米聖戦」と「対テロ戦争」は奇妙にすれちがい、ねじれている」



 <テロリストとレジスタンスの共闘>

 私は、スンニ派地元武装勢力は、基本的にはレジスタンスだとは思っている。
いや、正確に言うと、レジスタンスの名に値するものであって欲しいと
願っている。
そのスンニ派地元武装勢力が、アルカイダ系とも共闘してきたと
何度も語っている。
これは、レジスンスとして、腐敗していると思う。
腐敗の入り口に立っていると思う。
アメリカがテロリストだと決め付ける者がテロリストなのではなく、
無差別テロを行う者こそが、正真正銘のテロリストだ。
正真正銘のテロリストとは闘わねばならない。
正真正銘のテロリストは、共闘の対象なのではなく、
闘う対象だ。
一般市民を無差別に殺戮するテロリストを、
まずは、止めなければならない筈だ。
それは、米軍との停戦が成ってからという問題ではない。
たとえ、米軍との停戦が成っていなくとも、
一般市民に万単位で死傷者を生み出している無差別テロを
止めさせねばならない筈ではないか。
しかも、抑え込むのは、
「た易いことだ。我々の命令に従わねば、力で従わせる」と
言い切っているではないか。
その言葉が本当であるならば、もう既に
「力で従わせ」ている筈ではないか。
それとも、その言葉は嘘なのであろうか。

部族社会であるイラクでは、地方では、よそ者は、すぐに識別される。
だから、地方では、アルカイダ系は、特定され、対処できるのであろうが、
数百万人都市バグダッドでは、そうはいかないと思う。
バグダッドのテロリストに対処することは、
レジスタンスには、できないのかもしれない。
その辺の事情は分からない。

レジスタンスには、自らを律する倫理が必須だと思っている。
無差別テロを行う者や組織とは対決し、
その実行行為者を逮捕・拘束し、調査し、監禁するべきだと思う。
レジスタンス組織内部でそれを行うべきだと思う。



 <アメリカは何故停戦に応じないのか>

 2004年5月、ファルージャで停戦が成立した。
ファルージャはまるで武装勢力の解放区と化した。
スンニ派地元武装勢力側は、この「ファルージャ・モデル」を
広げていくことを戦略としたように思える。
事実、いくつかの都市は「解放区」と化しつつあった。
陣地戦、面の拡大という戦略なのだろうと思われる。
アメリカは、それを苦々しく見ていた。
「悪魔と取引をしてしまった」というコメントも出た。

「解放区」内の実態は私には全く分からない。
ある程度イスラム宗教社会化が進んだのではないかと推測している。
ヒジャーブを被っていない女性を小突いたり、
床屋がヒゲを抜くサービスを強制的に止めさせたり、
大学の教室に押し入り、ヒジャーブを被っていない女性を追い出すとか、
まあ、流血が起こらない程度だったのかどうかも全く分からない。
アメリカはそれを「タリバン化」「原理主義社会化」と捉えたのかもしれない。
アメリカはアフガニスタンでは、まだタリバンと戦闘を行っている。

しかし、スンニ派地元武装勢力は、民族派と宗教派が半々だと自称している。
旧フセイン政権下の軍や情報機関のメンバーなどは、
明らかに世俗派だと思われる。
従って、タリバン政権下での原理主義社会化までは進行しないと思われる。

アメリカが停戦を拒否した理由は、撤退期限の明言はできないというものだ。
確かに、それは難しいとも思われる。
しかし、条件を付ければよいのではないか。
例えば、三年後に、その条件が満たされていなければ、
約束を履行する義務はない。

停戦後の数年間に、スンニ派武装勢力は、選挙闘争へと転身し、
世俗派と宗教派に分かれるであろうし、実際は、更に細分化されていくもので
ある。民族派といっても、バース党系、ナセル主義系、
その他様々なアラブ民族主義政党へと細分化していく筈だ。
というか、そこまで民主化が進んでいれば、素晴らしい状況なのだが、、、

アメリカがテロリストだと規定するヒズボラやハマスは選挙で躍進している。
選挙での躍進に対応して、選挙闘争路線への比重の移動に対応して、
テロ路線からの離脱が進行しているように思える。
アフガニスタンでは、穏健派タリバンは武装解除に応じ、
選挙参加へ向かっている。

イラクのスンニ派地元武装勢力も、選挙闘争へと転身させればよいと思う。

第一段階として、彼らは、都市部からの米軍撤退により、停戦に応じると
している。
そうすれば、「アルカイダ系の排除」を約束しているのであるから、
彼らにアルカイダ系を排除してもらえばよい。
米軍はただ見ているだけでよいのだから、米軍にとって良い話ではないか。

ただ、数百万人都市バグダッドでは、スンニ派武装勢力により、
アルカイダ系を排除できるかどうかは、分からない。



 <旧フセイン政権下での軍人・情報機関員>

現在のイラクは、周辺諸国の情報機関が好き放題に入り込み、
イラクの攪乱を行っていると思われる。
そんな状態は、旧フセイン政権下での軍人・情報機関員にとっては、
絶えられない屈辱だと思われる。
それは、フセインへの忠誠というものではなく、
愛国心だと思う。
愛国心から、現状を憂え、何とかしたいと強く思っているだろうことは、
容易に推測し得る。
同時に、失業している者にとっては、旧体制復活を願う訳ではないが、
かつて日々、周辺諸国の情報機関と熾烈に闘っていたという自負と実績から、
再び、そういう職に就きたいとも思っているだろう。

治安対策と失業対策とを統一的に推し進められれば、理想的なのだが、、、

「イラク零年」:川上泰徳(朝日新聞社)