<第一章>戦争のルールを知ることは21世紀人類の常識
 戦争のルールを守らせる強制力を持った機関は存在しません。
「作戦上の決断はあらゆる段階において法的配慮に影響を受けた。戦争法は意思
 決定プロセルにおいて非常に重要なものであることが立証された」
 (コリン・パウエル)
イラクの反米民兵組織がモスクを拠点に武装闘争をしていたことが事実だとした
ら、ジュネーブ条約で一般的に攻撃が禁止されている礼拝施設であるモスクは、
攻撃から保護される資格を失うことになります。

 <第二章>「新たな戦争」の時代と国際社会の苦悩
 民間人の無差別殺傷を狙ったテロ行為自体は国際法上も違法な行為であり、
その実行者や命令者は拘束されれば違法な犯罪者として処罰されますが、国際人
道法を遵守した抵抗活動である場合には、国際人道法は武装勢力にも適用され、
戦闘員は同条約の規定による保護を受けることになります。

 <第三章>戦争のルールとは何か
一部の人道法の規定は戦闘行為が終結後の占領下においても適用され続けます。
占領下にあるイラクの状況においても捕虜の待遇や占領軍の責務を規定した人道
法規則が適用されています。

 <戦争のルールの三つの基本原則>
@軍事目標主義:軍事物と民間物との区別の原則
 戦闘行為に参加できるのは合法的戦闘員であり、その他の者は不法戦闘員と
 なり、人道法の保護を受けられない。
 合法的戦闘員には、正規兵だけでなく一定の条件を満たした民兵組織などの
 不正規兵も含まれます。
A均衡性の原則
 攻撃によって得られる軍事的利益と人的・物的損害の均衡性
 巻き添えによる死傷や損害も均衡性が保たれる範囲ならば許されると見るのは
 誤りで、巻き添え(付随的損害)の発生を防ぐことがまず紛争当事者に求めら
 れる大原則です。
B不必要な苦痛を防止する原則

 <第四章>戦争犠牲者を保護するルール
 イラクのように民間人が占領軍に対し、攻撃を仕掛けたり、敵対行為を行った
場合には占領軍は自己防衛のために彼らに反撃することは通常、違法行為とは
なりません。しかし、民間人の中に戦闘員が紛れ込んでいる場合でも、そのこと
をもってそれらの民間人から民間人としての地位を奪ってはならないことになっ
ています。
 占領下での占領軍への敵対行為は犯罪行為として扱われ、捕虜とはならずに
処罰されることがほとんどです。

 <戦闘員としての4つの条件>
@部下について責任を負う指揮官がいること
A遠方から識別できる固着の軍の特殊標章をつけていること
B誰からもわかるように公然と武器を携行していること
C戦争の法規、慣例、つまり戦争のルールに従って行動していること
 これらの条件を満たせば、正規軍の兵士だけでなく民兵などの不正規兵でも
 戦闘員資格を持ちます。

 武装集団の構成員が戦争の法規と慣例に違反して非人道的行為を行ったとして
も、武装集団がそれらの遵守を宣言し、実際に違反者を処罰しているならば、
その武装集団自体は違法な戦闘集団とはいえないでしょう。
 そのような行為が放置または奨励され、組織としても黙認している場合には
違法な集団とみなされます。

 捕虜や一般住民に、連帯責任を理由に処罰を課すことは国際法で禁止されてい
ます。1907年のハーグ陸戦規則50条は「連座罰を課すこと」を禁止し、ジュネー
ブ条約第一追加議定書75条、および第二追加議定書4条2項Bも。

 占領下のあらゆる場合に国際人道法が適用されることはジュネーブ諸条約の
すべてに共通の第2条にも「この条約は、一締約国の領域の一部又は全部が占領
されたすべての場合について、その占領が武装抵抗を受けると受けないとを問わ
ず適用する」とあります。
 占領軍による検閲は国際法で認められ、治安維持などの占領政策に支障を来す
場合には新聞等の発行を禁止し、刊行物に新たな規制を加えることも違法とは
なりません。
 占領軍はイラクの治安回復維持だけではなく住民の生活安定のために、また
失業者の雇用確保など市民生活全般への責任を負うことになります。
 シリアのイーサ・ダルウィーシュ外務次官「(イラクの)占領軍は治安や
公衆衛生など、被占領地の生活を安定させるジュネーブ条約上の義務がある」
(朝日新聞2004年2月28日)
 ジュネーブ条約第4条約39条によれば「戦争の結果、収入を得る職業を失った
者に対しては、有給の職業につく機会を与えなければならない」と占領政府の
義務を明記しています。また、「占領地域の一般住民の生存に不可欠な被服、
寝具、非難手段その他の供給品、宗教的信念のために必要なもの」を確保する
責任もあります。

 占領地における法制度については、基本的には被占領地の現行の法律を尊重す
ることが原則です。
 占領されたといっても現行法が無効になるのではなく、引き続きイラクの刑罰
法は基本的には維持されます。
 米軍へのテロ攻撃で逮捕された容疑者は、通常はイラク警察か米軍に拘束され
ることになり、イラクの現行法による裁判で処罰されることになります。
 占領地の住民を他の領域に強制移送することも禁止されています。

 南アを拠点とする軍事コンサルタント会社『エグゼクティブ・アウトカム』は
傭兵派遣会社として知られていますが、リスクが高いとして米や国連も平和維持
部隊の派遣を見放したシエラレオネ政府の依頼で反政府ゲリラの掃討を1500万
ドルで請け負ったと言われています。これにより同国の治安は急速に回復し、
その活躍は市民に大歓迎されたともいわれます。国連をはじめ、大国さえもが
二の足を踏む治安活動に唯一残された選択肢として傭兵を利用せざるを得ない国
があることが、傭兵マーケットが存続し続ける背景にあります。一概に彼らを
金銭目的の「死の代理人」として片付けることはできない複雑な事情があるの
です。

 ジャーナリストは自由意志による自己責任が原則。
1977年ジュネーブ条約第一追加議定書79条ジャーナリスト保護規定

 民間防衛組織は、敵対行為に参加しない限り、組織とその要員への攻撃が国際
人道法により禁止されています。
 
 <第五章>戦闘方法を制限するルール
 湾岸戦争でのB52によるバスラ空爆では、多くの民間人が死傷し、無差別に
民間人を巻き込む絨毯爆撃に相当するとの疑惑がもたれました。
 住宅の密集地域でありながら厳密に軍事目標を区別して被害を防止する措置を
とらなかったことは違反行為とみなされるでしょう。
 一方、爆撃を受けたイラク側にも住民の密集地域に軍事目標を故意に設置した
可能性があり、その場合には「人間の盾」を禁じる人道法規則に対する重大な
違反行為となります。

 一般的には、攻撃により得られる軍事的利益とそれがもたらす周囲への損害と
の均衡が妥当な範囲内であることが違法性の判断基準になりますが、妥当な範囲
とは何をもって判断するのかはまったく客観的基準がありません。

 住宅密集地にある軍事目標だけを限定的に攻撃できるのは巡航ミサイルやレー
ザー誘導兵器など精密誘導兵器を所有する一部の豊かな国だけであり、こうした
技術を持たない貧しい国は、違法行為を犯す可能性が高く国際法遵守の面からも
限りなく不利な立場に置かれるともいえます。

 直接のテロ行為ではなくても、住民に恐怖心を広めるために威嚇や暴力行為も
いかなる場合にも禁止されています。
 敵の軍事目標への攻撃を目的とするゲリラ活動が隠密裏の戦術として合法的な
行為とされるのに対して、民間人をも意図的に巻き込み社会に恐怖心を煽ること
を目的とする無差別なテロは戦時でも平時でも違法な犯罪行為となります。
 ゲリラは正規軍の構成員ではない不正規兵で、正規軍のコマンド部隊とも異な
りますが、通常、待ち伏せ攻撃、破壊活動などの合法的な隠密作戦をとること、
正規軍の補助的軍隊であること、基本的に非戦闘員を攻撃の対象にしない、など
がテロリストとの違いとされてきました。しかし、最近の新聞報道等ではゲリラ
とテロリストを混同しているケースがある一方、ゲリラと呼ばれる勢力も現実に
は民間人を襲撃する例も見られ、厳密な区別が難しくなっています。
 テロ活動と違って、ゲリラ活動は戦術の一つと考えられ、国際的に違法とは
されていません。
 ゲリラが国際法上、合法な戦闘員と認知されるためには、ハーグ陸戦規則の
戦闘員資格を満たすよう指揮官の下に組織的な行動をしていること、戦争の法規
と慣習を尊重して戦闘することが必要です。
 占領下のイラクで米軍等に対する攻撃は、一般に不法なテロ活動と見られ、
テロリストは戦闘員資格と有しないために条約上の保護対象にはなりません。
しかし、彼らが単なるテロリストなのか組織的武装集団なのかは明確ではありま
せん。
「武装勢力の攻撃は組織化され、地域的な司令部を持ちつつある」
(2004年4月)
これは米軍当局自身が単発的な武力攻撃の域を超えて国際法で認知される抵抗
運動としての性格をもちつつあることを認めたものともいえます。
 しかし、抵抗勢力が民間人や行政関係者を攻撃し続ける限り、戦争の法規、
慣例に違反し続けていることになり、国際法上認められた正当な武装集団とは
認知されないでしょう。

 ジュネーブ諸条約の第一追加議定書1条4項では、植民地支配に対する闘争だけ
でなく、外国の占領に対する武力闘争も国際的武力紛争に加えていることから、
合法的な戦闘行為を行う限り米軍と武装勢力との戦闘は同条約でいうところの
国際的武力紛争といえるかもしれません。
 仮に武装勢力が第一追加議定書の適用を受けようとする場合には、一方的に
議定書の適用を宣言し、その遵守を約束すれば寄託国であるスイス政府が宣言を
受領後に効力を生ずることになります。その場合には、すべての紛争当事国を
拘束することになり、米国も武装勢力に対し追加議定書を適用しなければならな
くなります。

 人質行為の禁止

 兵士が休憩したり、食事中の兵舎を攻撃するのは違法ではありません。
その場合、兵士は戦闘中ではありませんが、彼らは常に軍事目標であり、
軍の宿舎自体が軍事目標を構成するからです。

 イラク戦争では、反占領闘争を続ける武装勢力を捜索するために、米軍が市民
の住宅を強制捜索し、この時、住宅のドアを蹴破ったり、コーランを床に投げつ
けるなどの行為を行ったことが証言されています。捜索自体は正当性があるとし
ても、こうした行為は行き過ぎた蛮行であり、不当な破壊については住民に対し
米軍は損害を補償する義務があるでしょう。

 包囲や封鎖自体は禁止されていません。特に封鎖都市への物資の流入が現地の
敵軍に有利に利用されている場合には、都市への食料・物資の輸送を阻止する
ことは違法ではないと考えられます。
民間人をターゲットにし、飢餓をもたらすような包囲は違法といえるでしょう。
また封鎖により市民生活に困窮を来した場合には救援団体の物資援助を認め
なければならないのは当然です。

戦時に行われる報復行為は「戦時復仇」と呼ばれ、敵の違法行為を止めさせる
ために同じ違法行為で対抗するもので、一定の条件のもとでは正当な行為とされ
てきました。そのためハーグ陸戦規則には、復仇を禁止する具体的な規定はあり
ませんでした。オランダの国際法学者フリッツ・カルスホーベン教授によれば、
@あらゆる手段の効果がなかった結果、最終的な補完的手段として行う補完性
A事前に復仇行為の警告を行うこと
B敵の違法行為と同等程度の損害を超えないという均衡性
C敵の違法行為が中止された場合には終了するという一過性
 今日まで一般に復仇が人道法上で許される唯一の状況は、敵の人道法違法を
 停止させるための「同種復仇」で、これは冒頭の条件を満たせば合法とも考え
 られてきました。
 復仇は相手に違法を止めさせるための対抗措置としての効果を持ちえず、
 むしろ一層の殺戮と報復を加速させる破滅の論理といえるでしょう。

 白旗を掲げて降伏に見せかけたり、赤十字旗を掲げて保護を装い、油断した
相手を攻撃することは、「背信行為」として国際人道法で禁止されています。
 背信行為と似たものに、おとり作戦や陽動作戦、偽装、偽情報などで敵を誤導
させる「奇計」がありますが、これは違法とはなりません。

 戦闘員を狙撃することは戦争法で禁止されず、ターゲットになった戦闘員が
戦闘行為中ではなくても違法とはいえません。
 狙撃などによる特定の非戦闘員を殺害する「暗殺」は違法行為です。

 <第六章>武器の使用制限に関するルール
 ハーグ法で禁止されている兵器
@不必要で過度な苦痛や死をもたらす兵器
A無差別に住民を殺傷する兵器
B自然環境に深刻な影響を与える兵器
C背信的な兵器

 ナパーム弾などの焼夷兵器などが禁止されています。
 米国はナパーム弾を2001年4月をもって貯蔵していた分を全て破壊処理したと
しています。しかし、イラク戦争で米軍がナパーム弾を使用した疑惑が報じられ
ています。
・クラスター爆弾(及びその不発弾)
・劣化ウラン弾
・燃料気化爆弾(デイジーカッター)
 については、問題性が論じられいます。
 1996年8月の国連の「差別の防止と少数民族の保護に関する小委員会」は
これらの武器を「非人道的な兵器」に認定し、その使用を国際法違反であると
する決議を採択しています。

 <第七章>究極の法としての「戦争のルール」
 国際人道法では、違法行為を実行した者だけでなく、それを指揮した者、違法
行為を防止しなかった責任ある者、つまり上官を含む違法行為に関係した全ての
個人が基本的には罪を免れないことになっています。
「国家に尽くす政治的教育を施され、上官の命令に従って行為したとはいえ、
 人間の生命にかかわる重大事態に直面した時、人間的良心を放棄することは
 許されない」
 人間的規範に違反するかしないかの最終的決断は、上官でも国家でもなく
自己の良心に照らして行動を決断する個人でしかないということです。

 コソボ紛争時の1999年5月7日、ユーゴ空爆作戦において米軍機が中国大使館を
誤爆し、死傷者が出た事件がありました。結局、アメリカは中国政府の抗議に
対し、誤認したCIA関係者の解雇と450万ドルの損害賠償に応じました。

「戦争のルール」井上忠男(宝島社)