森本敏氏を含め六名の共著です。
森本氏は防衛大→防衛庁→外務省の方なんですが、私のとっては「朝までテレビ」で
お馴染みの方という印象を持っています。

 アメリカの軍事的突出ということの内実を学びました。
・イラク戦争前から飛行禁止区域を設け、かつ空爆も行い、「航空優勢」の下、
 偵察機からの情報や50を超える偵察衛星からの「情報を戦力化」し、ネット
 ワークセントリック(指揮・通信・統制・コンピュータ・情報・偵察情報(C
 4ISR)の共有化による戦場認識能力の向上に基づきタイム・センシティブ
 ・ターゲティング(TST):航空攻撃指示方式(約数十分単位にまで短縮)
 これに精密誘導兵器や特殊作戦部隊を組み合わせていること。
・今後の米軍事戦略の方向性:前方展開兵力を縮小し、拠点=ハブと、ハブから
 必要な時に、必要な部隊を即座に派遣する=スポークスという「ハブ&スポー
 クス戦略」
・ハイテク技術の活用による軍事変革:これこそが「軍事革命」
 これらのことを学んだことが私にとっての最大の収穫でした。


 <はじめに>(森本氏)

「イラク戦争の大義が、(略)その理由・目的がイラクの大量破壊兵器を武装
 解除することにあったとすれば、この点に関するイラク戦争の大義はないと
 いうことになる」
「本書は、イラク戦争の真の理由は大量破壊兵器問題だけにあったのではない
 という立場」
 イラク戦争が途中から対テロ戦争へと変化した。
「フセイン側がイラク戦争の開始以前から、バグダッド陥落後の戦闘に重点を
 置いて備えていたとしか考えられない」
「米国の一極主義、単独行動主義だけでは、困難な国際問題を解決し、国際秩序
 を取り戻すことが不可能」


 <第1章>イラク戦争の背景(森本氏)

「新しい戦争の始まりを示す代表的な冷戦後型戦争」
「途上国から見ても米国の新保守主義は覇権主義的傾向が強いことから、米国の
 一極制は他の主要国や途上国から常に挑戦や反発を受ける」
「グローバル化の陰の部分が国際社会の安定と繁栄を損ないつつある」
「国家間の関係は『力の均衡』から『力の協調』へと変化し、軍事力よりもソフ
 トパワーが重視されるようになっているが、同時に、『伝統的な同盟関係』
 よりも、『価値観に基づく国家関係』が国際社会の主流を占めるようになり
 つつある」
「日米同盟の再定義がナイ・イニシアティブの結論という形で明らかに」
 この辺りの叙述は、パウエル国務長官の「パートナーシップ戦略」
(「論座」2月号収録)を彷彿とさせる叙述になっていると感じました。

「一般論として、テロ事件を宗教上の対立という観点からとらえることは誤り
 である」


 <第2章>米国のイラク戦争とイラク情勢(森本氏と大野氏)

 イラク戦争に至る過程を時系列に沿って整理してくれていますので、きちんと
把握していなかった私としては、きちんと整除されていて復習になりました。

「イラクが化学剤を貯蔵していた可能性はあるが、化学兵器という形でいつでも
 使用可能な状況にはなかった」
「イラク戦争の国際法上の根拠は確定されたものがない」

 湾岸戦争後の経済制裁によって、高福祉産油国という「パトロン関係」の維持
が困難となり、フセインの独裁構造が崩壊し、中間層が消滅。
 他方、地方部族は農業を経済基盤としていたため、制裁下の食糧不足に乗じて
、勢力を強める。フセインは部族に一定の地方自治を認めざるをえなかった。
96年からの「オイル・フォー・フード」がフセインを生き返らせた。
食糧配給システムを握ったフセインは、歴代のイラク政権が成し遂げることが
できなかった地方部族勢力を封じ込める。
また、人道物資の輸入先決定権を得たフセインは海外政府や企業とも政治的裏
取引を再開。私腹も肥やす。
こうして、フセイン政権は国内で唯一の『持てる者』になった。


 <第3章>イラク戦争の作戦過程(森本氏と大野氏)

 湾岸戦争後の「奇妙な秩序は、域内各国にとって好ましいものであったかも
しれないが、制裁と封じ込めの『つけ』は常にイラク国民が負っていた」
「フセイン政権の崩壊自体は、多くの国民に歓迎されるべきものであったかもし
 れないが、、極めて強力な支配体制を築いていたフセイン政権の代替選択肢が
 示されないままに戦争に突入することは、将来への不安を拡大させたに違いな
 い」
 
 これまでの20世紀型の戦争とは異なった新しい戦争のプロトタイプ
戦争終結時の交渉主体である国家元首フセイン暗殺を狙った精密誘導兵器使用に
よる開戦は21世紀初頭の新しい時代の新しい戦争の形を象徴している

 4月1日、2日のカルバラ周辺での共和国防衛隊殲滅戦は、「全世界の人に
「見えない」戦闘。「なぶり殺しに遭っている」イラク軍部隊の姿をメディアに
登場させる訳にはいかなかったのだろう。」

・イラクは一機の航空機さえ作戦に投入できなかった
 これは「第一次大戦以来、初めてのケースであろう」
・「航空優勢」の獲得
 湾岸戦争後、飛行禁止区域を設け、監視、かつ防空機能に対して空爆
 つまり、実質的な航空作戦はイラク戦争開戦以前に既に開始されていたので
 あり、戦争開始時には既にイラク側防空機能は既に壊滅していた。
 これにより開戦開始と同時に地上部隊の進撃が可能となった
・ネットワークセントリック
 指揮・通信・統制・コンピュータ・情報・偵察情報(C4ISR)の共有化に
 よる戦場認識能力の向上
・タイム・センシティブ・ターゲティング(TST):航空攻撃指示方式
 「これまで、センサーもしくは諜報機関からの情報入手から航空機への攻撃
  指示までの時間は、湾岸戦争では数日単位、アフガン戦争では数時間単位
  であったものが、イラク戦争では約数十分単位にまで短縮された」
・TSTを可能にしたのが戦場認識能力の向上
 ・50を超える偵察衛星
 ・「航空優勢」確保による偵察機の自由飛行
・精密誘導兵器の多用(湾岸戦争時:7〜9%、コソボ:35%、アフガン:
 56%、イラク戦争:68%)

「戦場認識能力の向上と精密誘導兵器を組み合わせることによって、これまでの
 敵を『撃破・破壊』する爆撃思想から、敵の神経中枢を破壊して敵の機能を
 『麻痺』させる効果重視爆撃思想への転換が進んだ」

・作戦間の総攻撃任務の約63%を近接航空支援(CAS)活動が占めた
 CASにより、特殊部隊の運用リスクが低減し、その多用が可能

・ジョイント・ビジョン2020(2000年5月:統合参謀本部)
 1.軍の活動の全方位における優越
 2.情報優勢
 3.統合作戦の基本概念の徹底的追及

・海兵隊の内陸作戦:バグダッドまで実に700キロも進攻
・特殊作戦部隊が地上戦の表舞台に登場

 <イラク戦争で実証できなかったこと>
1.デジタル化師団の実力
2.米軍の市街戦の能力
3.CBR(生物・化学・放射能)環境下の作戦能力

「掃討作戦はテロの発生場所を拡散し、攻撃対象を米軍以外へといっそう拡大
 させる傾向を強めている感すらある」
「国立博物館での略奪の際には、目の前に配置されていた戦車上の米軍兵に助け
 を求めたにもかかわらず、無視されるイラク人の姿が報道された。その一方で
 米軍は、石油省だけには厳重な警戒体制を敷き、略奪を許さなかった。抑圧か
 らの解放に見えたサドル・シティ解放も、バグダッド市民にとっては、米軍が
 『トラを檻から解き放った』ように見えたのだろう。バグダッド市民の間には
 『米軍が略奪に加担している』『米軍が略奪をそそのかしている』という噂が
 まことしやかに拡大した」

・戦後に出現した新聞は200紙を超えた(全て弱小で最大でも3万部)

「米国の占領政策は、これまで米国にとって好ましい勢力を優遇し、好ましく
 ないと考える者たちを排除してきた」
「皮肉なことに、民主化を主張する米国が行っていることは恣意的で、民主主義
 になじまないと批判されてきたイスラーム教勢力が直接選挙を求める構図が
 できあがっている」
「米国と関係が深いとされている統治評議会内にすら、CPAの選出方法に
 対する不満をあからさまに表明する者たちが増えはじめている」
「直接選挙要求デモは、きわめて平和的でかつ抗争を繰り返していたシーア派内
 の諸勢力が協調するものとなっている」
「統治権を引き渡した後の米軍が駐留する大義名分は何であるか、また、イラク
 人に不信感を植え付けてしまった米国の駐留を国民は納得するのかという問題
 が残る」
「現在のイラクの統治評議会は、イラク国民を代表しているとは考えられておら
 ず、逆に米国が恣意で押しつけたと考えられている傾向が強い」


 <第4章>イラクの戦後復興(畑中氏)

・96年に104億ドルだったGDPが、2000年には318億ドル
・オイル・フォー・フードにより、逆に国内農業は壊滅的打撃を受ける
 加耕地の内、利用されているのは半分以下
・イラク復興会議:復興には、10年の期間と900億ドルの資金が必要
・石油民営化に抵抗が強い理由は、イラク石油省のテクノクラート達が石油生産
 量を日量230万バレルまで回復させた実績が大きくものをいっているため
・予想外に大きい油田の損傷
・復興事業に注がれる近隣諸国の熱い視線
 ヨルダンと組んでイラクを目指すインド
・石油担保融資スキーム
・EUは米国主導の既存のイラク復興基金とは別勘定・別建ての信託基金の創設
 を提案

「国際社会を挙げてのイラク支援体制というわけではなく、米国と一部の同盟国
 ・友好国および国際機関によるイラク支援体制に終わっている。これは、米国
 主導によるイラクの統治・復興の現状への国際社会の不満の大きさを示すもの
 である」
「バグダッドでは、ガソリンの配給がスタンドでの対象車を奇数ナンバーの日と
 偶数ナンバーの日に分けられるようになった。しかも、ガソリンを買うために
 は寒い冬の気候の中で毛布にくるまりながら12時間から24時間も待ち続け
 なければならない上に、一回の供給量は30リットルに制限」
「イラク国民は米国やCPAが有効な対応策を打てないのか、あるいは有効な
 対応策を意図的にとろうとしていないのか確信を持てないでいる」


 <第5章>危機に直面した国連(星野氏)

「国連は冷戦期からほとんど機能しなかった。冷戦後に国連はようやく本来の
 機能を回復したかに思えたが、今回のイラク戦争でそれは幻想であったことが
 はっきりした」
「国連を創設した時に想定した戦勝国の共同管理による国際社会の平和と安定
 維持を期待することは、もはや誤りである」
国連加盟国はそれぞれの国内的な法制度の範囲内でテロ対策は講じられるが、
1.内政不干渉原則があり、他国の内部で活動するテロ組織に対して直接的な
  行動は外部からはとれない
2.誰をテロリストと見るかという定義を巡る基本的な不一致もある。ある国で
 「反体制」の活動をするグループは、別の解釈では「自由の戦士」であるかも
 しれず、時の政府に対抗する勢力がテロ組織として恣意的に指定されかねない

「安保理決議1441だけで対イラク武力行使が授権されたと考えるのは無理が
 ある。仏独露中が、本決議が『明示的に武力行使を容認したものではない』と
 いう理解のもとに賛成票を投じたことからもわかるであろう」

 <米英中心の連合軍の武力行使が国際的波乱を巻き起こした理由>
1.国連安保理の授権を得ることなく実施された
2.「先制的自衛」の観点から行動が急がれたこと
3.イラクの「体制変更(フセイン政権の打倒)」が目的とされたこと

1.「米英軍の武力行使は、厳密には「違法」である」
 (NATOのユーゴ空爆は事後的に安保理で権限が付与された)

・日本の復興支援に関する五原則
 ・「十分な国連の関与」
 ・「国際協調を重視する」

「今回の米国と国連との関係を、変えようのない真理だとして受け入れなければ
 ならない理由はない。むしろ、これを『あるべき姿からの逸脱』のエピソード
 ととらえる視点こそが重要」

 米マイケル・グレノン氏は『国連憲章を無視した(政権転覆目的の)単独の
 軍事行動という恫喝策を背景にした外交の勝利』
これは「米国の違法な行為こそが、イラクの態度変化をもたらしたという分析」
「二重の意味で、国連は米国を拘束できない。
 1.国際法に照らして合法か違法かが、超大国米国の行動の判断基準にならない
 2.国際ルールをつくるにしても、理念(国家がいかに行動すべきか)にでは
  なく、経験(国家が現実にはどのように行動しているか)に基づくべきだ」

「国連外交が権力政治であることは事実だが、政治を超える理念のパワーを無視
 してはならない。現状を肯定するばかりが、現実主義の国際政治なのではない
 。イラク戦争を巡る国連安保理の機能不全も国連の『常態』なのではなく、
 一過性の『例外』にする努力が、米国に求められている」


 <第6章>変貌する米国の同盟関係と日本(川上氏と神保氏)

「冷戦後、同盟の基準は共有する共通の価値観になった」
 テロ組織と「いかに戦い、いかに共同行動をとるかという基準に変化した」

「前方展開兵力の再編」が最重要課題(ウォルフォウィッツ)
1.米軍を展開している地域の特異性に応じて軍事能力を調整
2.世界中どこでも、どんな時でも前方展開兵力を補足し、グローバルな軍事行動
 を即座にとれる能力を強化
 <前方展開>は、
・リアル・プレゼンスの「前方展開兵力(前方展開している陸海空軍兵力)」と
・ヴァーチャル・プレゼンスの「前方展開兵力(空母戦闘群等)」
・「米国本土兵力(緊急展開部隊と戦略爆撃機など)」

 航空・ミサイル作戦優先で作戦を先行させ、米国本土から短時間に機動展開で
きる戦力を米国本土に拘置する方が効率的である。また、その方が経費もかから
ない

・米国の軍事戦略が、脅威基盤戦略から能力基盤戦略へと転換
・世界各地へ96時間以内に緊急展開可能な中型装甲旅団の創設
・96年のオペレーション・マニューバー・ザ・シー(海上からの機動作戦行動
 海兵隊が奥地まで機動的に一気に展開
・事前集積団(MPS)の増強を図り、機動性を高めている
 沖縄駐留の海兵隊:第三海兵機動展開部隊では高速輸送船を取得
・96年のフォワード・フロム・ザ・シー(海からの前進)
 1.海から陸上への戦力投入
 2.海洋管制と海上優勢
 3.戦略的抑止
 4.海上輸送
 5.前方プレゼンス
 機動力向上のため、陸軍重師団を高速輸送、洋上集積する車輌輸送艦を
 2005年までに40隻整備する予定:2個師団を世界各地に30日以内に
 展開することが可能となる
 
・96年グローバル・エンゲージ戦略を修正し、従来のような海外の基地に恒久
 的に空軍部隊を駐留させておくのではなく、必要とされる場所に期間を限定し
 て、その部隊だけで独立的に任務を遂行できる方向へと向かっている
 空軍戦力の長距離戦力投射能力が向上したため
 C17大型輸送機を120機配備予定

・95年の「国家軍事戦略」では、「前方展開兵力」と「パワー・プロジェク
 ション(兵力を特定地域へ投入する能力)」

・小型化・機動力を増すことで、大規模な前方展開に依存する必要性は低減
 リアル・プレゼンスからヴァーチャルプレゼンスへと比重を移行
・米国の安全保障政策の重心が「本土防衛」へ移っているから

 前方展開兵力を大幅削減、撤収できれば、
・駐留経費の節約
・駐留国への政治的考慮の回避
・前方展開兵力の脆弱性回避

 そのため、
・前方展開の「ハブ基地(MOB))」を重視し、
・その「ハブ基地」からいくつかの「アクセスポイント(FOB)」へと
 「スポークス」状にのばす、前方展開の「ハブ・スポークス」型へと移行

・ハブ基地(MOB):日本、韓国、グアム、ディエゴ・ガルシア
 しかし、北東アジアにおけるハブ基地は集中しているため、
1.西欧と北東アジアに集中する海外プレゼンスでは不十分
2.それはハブとして追加的な役割が期待される
3.空軍は、太平洋、インド洋、アラビア海の有事基地を増やす

・アジアには新しい基地は建設せず、アクセス能力を高める
 基地使用を認めている国:シンガポール、フィリピン、タイ、オーストラリア
 交渉中の国:ベトナム、マレーシア
 米国がベトナムのカムラン湾を使用できれば、南沙諸島の領有権問題にも安定
 要因となる

 <日米間でのパワー・シェアリング>
・装備・錬度を徹底的に変更するか、特定の部隊のみを日米防衛協力や国際協力
 に指向する手段をとる必要に迫られる可能性がある
・日欧とも、米軍と総合戦闘力の面で同盟協力が実施できる状況にない
 コソボでは米軍とNATO軍が共同活動さえできず作戦にも齟齬を発生した

・日米間の統合指揮命令システムを確立することが次の課題


<第7章>自衛隊のイラク派遣(森本氏編)

「イラクに対する武力行使の根拠を安保理決議678に求めようとする米国の
 主張には無理があるものの、イラク戦争をしてまでフセイン政権の打倒・排除
 を狙ったのは、米国が今後、中東・湾岸戦略を推進していくための戦略的根拠
 をイラクにつくろうとしたのであり、大量破壊兵器の武装解除は、その理由づ
 けの一つにすぎなかったと思われる。米国は今後、相当期間にわたりイラクに
 軍事プレゼンスを維持・確保するつもりであり、それはイラクの大量破壊兵器
 を捜すためではないことが明らかである。米国は、バグダッドに館員2000
 名近くの大使館を維持する予定ともいわれるが、このことも米国の意図を示す
 ものと受け止められる」
「北東アジアの緊急事態に、米国が日本を助けて地域的安定を図ろうとするのは
 、あくまで、それが米国の国益にかなうからであって、日本がイラク支援に参
 加したからではない」
「日米両国は、それぞれ異なる狙いを持って、日米同盟を強化することに努め、
 その目的を達して冷戦期を乗り切ったのである」
「現在の日本の防衛力は、アジアで第一級の戦力である。周辺諸国が日本の防衛
 力に懸念を表明するのは、日本の防衛力を恐れている証拠である」

「イラク戦争と自衛隊派遣」森本敏編(東洋経済)