サラーム・パックス:ネット上の名前

 http://dear_raed.blogspot.com/

・イラク・バグダッド在住
・29歳
・コンピューター関連企業で働く
・自称ゲイ
・両親はイラク共産党系、バース党により揃って大学の教職を追われる
・欧米の音楽、映画、ジョークに精通し、
・フセイン政権下で禁止されていた衛星放送を受信し、
・インターネットで欧米のメディアにもアクセスし、
・ネット上に、ブログと呼ばれる個人日記サイトを世界に発信していた

・フセイン政権を痛烈に批判し、
・ブッシュ政権を痛烈に批判し、
・西側メディア・世論をも批判し、
・人間の盾を辛らつに拒否する。

 このような青年は、確かに、典型的なイラク市民とは程遠いとは思う。
しかし、イラク戦争前後でバグダッドに生きた一市民に変わりはない。
生々しいリアルな戦争前後のバグダッドを描いている。
少なくともその一断面を知ることができる。

 私には、日欧米の都会のどこにでもいるような、ごくフツーの、”今ドキ”の
青年にしか感じられない。

 2001年末からこのブログは公開されていた。
本書では、その内、2002年9月から2003年6月までを収録している。


「また、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を観た。アイラブビョーク」
(2002/9/19)

「なんとも皮肉なのは、イラク攻撃を正当化するブッシュ政権の言い分が、
 クェート侵攻時のフセインと同じだということ」「その国の哀れな国民の力と
 なり、邪悪な政府を排除する」(10/12)

「国家システムは腐りきっていて、国法はあってないようなもの。警察はただ、
 金を多く払ってくれる方に都合のいい調書を書くだけ」「都市から離れた場所
 では、法律は影響力を持たない」
「それぞれの部族は自給自足で暮らしていて、ここイラクでは、肥沃な土地こそ
 が最高の財産なんだ」「特定の地域に及ぼすこうした強い部族の影響力を、
 政府は副次的にうまく利用している」(10/17)

「アメリカの”侵略”によって事態がどう変わるか、多くのイラク人はほとんど
 理解していないようだ。変革への触媒だと考えるべきものなのに」
「問題は、長年にわたってああしろこうしろと言われ続けた結果、ぼくらが宿命
 論者の集団になってしまったということだ」
「政府の政策について、ごく普通のイラク人が、本音を言い合うことができたの
 は、いったいどれくらい前でしょう? 答え−1962年」
「長年に及ぶプロパガンダの影響(本当に効果があるんだ。繰り返し頭に叩き込
 まれ、すでに”既成の事実”になってしまうと、だれもそのことで論議などし
 なくなる。何も考えなくなり、知らないうちに、すべての答えを暗記している
 んだ)」(10/20)

「ヨルダン側は、五十歳以下のイラク人を入国させないことにしたんだ」
「戦争も始まっていないのに、ぼくらはすでにイラクに監禁されている」
 (10/23)

「きみの国の受刑者たちに、イラクと同じような”(奴らの心配などしたくない
 から裁判なしで撃ち殺せという)寛大な精神”が示されないことを祈る」
 (10/27)

「イラクには別の悪魔がいた。八〇年代は、イラン革命を起こしたアヤトラ・
 ホメイニがアメリカ以上の悪魔だった。だが今はイランは友好国だ。だから
 アメリカが新たな悪魔になった。とってもオーウェル風だろ?」(10/29)

「イラクではヨルダンの印象があまり良くないから、気をつけた方がいい。
 ヨルダンでイラク人はひどい扱いを受けているからね」(11/2)

「ロイターの見出しが一番気に入っている。『”世界に一筋の平和の光−国連の
 採決にイラクは無言”』 おかしな話だ。世界に平和の光が差しているという
 のに、ぼくは自宅で防空壕の準備をしなくちゃならないんだから」(11/9)

「中東/イラク/イスラム教を取り巻く混乱は、ぼくらを一歩たりとも平和へ導い
 てはいないということ。アラブ人は常に政府の抑圧に耐えてきた。こんな暮ら
 しの中で、宗教はずっと、何よりの心のよりどころだった。アラブ人とイスラ
 ム教を悪魔のように扱い、ヒリヒリ痛む傷口を絶えず刺激しながら長期間この
 地域を沸騰状態に置いておくから、みんなの傷口をただ悪化させるばかりじゃ
 ないか」(11/15)

「今ならどんなイラク人でも、家を建てるために、ゼロに近い金利で高額ローン
 を組むことができる」(11/21)

「アラブ全体が悪の巣窟であり、独裁体制がはびこっている。トルコやイラン
 だって同じだ。なのに、慈悲深い西側の目は、イラクだけに向けられている」
「ぼくの国の人権状況に執拗なまでに興味を持ってくれて、どうもありがとう。
 三十年間、見て見ぬふりをしてくれて、どうもありがとう。イラク政府を支援
 し、イランとの戦争に二百万人のイラク人を送り出すよう仕向け、彼らの命を
 奪ってくれてどうもありがとう。狂人だと知っているのに、その狂人に化学兵
 器開発を気にも留めずにいてくれてどうもありがとう。イラク共産党のメンバ
 ーが酸浴槽に入れられるのを気にもかけずにいてくれて、どうもありがとう。
 イラク人の惨状を伝えるあらゆる人権擁護団体を無視してくれて、どうもあり
 がとう。ただ国民を苦しめ、政府になんの効果もないと知っているのに、制裁
 措置を続けてくれてどうもありがとう。今書いたことを何もかも知っていて、
 だからなんだという顔をしてくれて、ほんとにどうもありがとう」
「刑務所を建ててくれた西側の建設会社にお礼を言うのを忘れていた。それから
 拷問のノウハウを教えてくれた東欧の国々にも」(12/3)

「ぼくの国に何トンもの爆弾を落としてくれてありがとう。その爆弾に、劣化ウ
 ランを使ってくれてありがとう。”二重の封じ込め(イランとイラク)”政策
 で、この地域の怒りの炎に油を注ぎ続けてくれてありがとう。アメリカにとっ
 て都合がいいからね。中東地域のすべての抑圧的政府に、援助姿勢を示してく
 れたアメリカ政府に感謝する。都合のいいように利用したら、ただ見捨てるだ
 けなのに。国連制裁委員会でアメリカが果たした役割にも感謝したい。その努
 力のおかげで、歯を一本抜くだけでも、闇市で手術用手袋と麻酔薬を探さなけ
 ればならなくなった。そういう物資は、制裁委員会の禁止項目にいつも含まれ
 ているんだ。経済制裁を続けるために、多くの時間と労力を費やしてくれた国
 に感謝したい。サダムとその権力基盤にはなんの効果もないけど、国民はじゅ
 うぶん懲らしめられているよ。行き詰ったイラク政府とアメリカ政府の間で、
 人質のように生きている」
「ここに来てくれなんてだれも頼んでないぜ。助けてくれなんて言った覚えもな
 い。中東の問題に鼻を突っ込んでくるのはそっちの政府だ。冷戦時代、ソ連の
 影響力を食い止めるために、アメリカがイスラム過激派を支援していたことを
 、どうして皆忘れてしまったのだろう。当時の支援が今、逆火となって襲いか
 かったんだ。違うかい?」
「悪いが、割れた瓶を尻の穴に突き刺されるのはだれだと思ってるんだ? 睾丸
 に電気ショックを与えられるのは? 泣きごとばかりだなんて言わないでくれ
 。何人か外国人の友達がいたというだけで反政府活動の嫌疑をかけられ、自分
 の家族が連行されていく人間の気持ちが分かるというのか。まずい相手にうっ
 かり本音を話しただけで処刑された人間の家族が、その後どんな生活を送るか
 なんて、あんたには分かりっこない」(12/5)

「まるで自分のやっていることが自分の文化への裏切り行為そのものみたいな気
 がするよ。完全なる裏切り行為−そのせいで、自分自身に常に矛盾を感じてい
 た」
「ぼくらは西側文化の付属物みたいなものだって議論したけど、今のぼくはまさ
 しくその状態だ。これは対等な者同士の会話ではない。ぼくは常に彼らの…
 何もかもに言及してきた。西側文化にすっかり呑み込まれてしまったからさ。
 恥を知れって言いたいよ。自分にね」
「自分の軸足がどこにあるのか見失ってしまったから、もう一度その場所を見つ
 けなきゃならなかったんだ」(12/21)

「立憲君主運動とイラク国民会議は、アメリカ主導のゲームにおける二大操り
 人形だ」
「だまされた哀れな間抜けども。こまだと思われたくない? まさにきみらが
 こまじゃないか!」
「”大統領”という言葉に対して生涯治らないアレルギーになってしまったこと
 もあるけど、あまり権限のない君主のほうが、自分の地位を守るために数年
 おきに闘わなければならない大統領より、害が少ないと思う」(12/22)

「計画的な停電には慣れてきた。いつどれくらいの時間停電するか分かるから」
「政府の高官が市場からドルを狂ったように買い集めていることだけが原因じゃ
 ないということ−すべてのイラク国民が、同じ動きに走っている」
「国民は父親を恐れるのと同じくらい、このウダイを嫌っている」(12/25)

「今までの人生で一番良かったことは、どこにも”根を下ろしていないこと”
 だと思っていた」「でもその考えは改めた」「きっと自分をだましていたか、
 カメレオンのようにうまくごまかせていたんだ」「ぼくはまだどっちつかずの
 ままだ。罪悪感はこの辺りから来ている」
「活動家たちは正しい心を持っているし、その支援は感謝すべきものだ。だが、
 彼らの努力を悪用してはならない。あなたたちは生きていないと意味がないん
 だ」
「貿易相に言われるずっと前からいろんな備蓄をしてきたからね」「恐ろしいの
 は、貿易相が備蓄を促す発言をしたという事実の方だ。彼らがそんなに正直に
 話すことなんて、まずないからね」(12/29)

「何が起きるか分かっていながらタイタニック号に乗ってるような気分だよ」
(2003/1/3)

「貿易相も、倉庫を空にするだけのためにあの警告を出したんじゃないか?」
「政府がかつて見せたことのない、国民に対する”思いやり”がもう一つ。
 水不足に備え、住宅地のあちこちに井戸を掘りはじめた」
「サダムは雄弁家ではない」「単調な演説だ。熱意が感じられない」
「なぜイラク人は、熱い言葉で国民の心を震わせるような人間を独裁者にしなか
 ったのか」
「少なくとも、テレビに出ている二十分間だけは、その話を信じさせてくれよ。
 それすらできないなんて、≪ため息≫」(1/6)

「電気−四時間おきに二時間の停電。いとこはこれを、非常時に対応するための
 心理的訓練だと言っている」
「せっけんも、エジプト製の劣悪品しか手に入らなくなってしまった。そのせっ
 けんじゃ、エジプト人は腐食を恐れてタイルの床も洗わないだろう。それでも
 イラク人にはじゅうぶんというわけだ。これは、『食糧のための石油』輸出計
 画という名の邪悪な取引の一例だ」
「査察−だれも査察のことなど気にも留めていなかったが、ガザーリア地区の
 住宅にも査察が入ることが決まると、人々はざわめきだした。査察に対して
 国民は反感を抱いている」(1/21)

「”偉大なる解放者が他者を自由にする”というくだりを、一切受け入れるつも
 りはない。政治の世界に、利他主義なんていうものがあるとは思っていない」
「グレアム・グリーンの『静かなアメリカ人』からの引用で始まる。『自分が他
 人に与える苦痛を感じ取ることができないから、自分自身に迫っている苦痛や
 危険を、まったく想像できないのだ』『結果はすぐには表れない』国連にいる
 アラブ大使はそう予言する。『バグダッドの街頭でアメリカ兵が取り囲まれ、
 チョコレートを配る様子を目にするだろう。だがそれもせいぜい三ヵ月だ。
 やがて植民地支配や、指導者だと押し付けられた”お客様”に対する反対勢力
 が台頭してくる』」
「ぼくらはただ、アメリカ政府の動機を信用していないだけだ。もし、アメリカ
 政府がイラクと戦争をするなら、それは愛と平和のために戦ってくれるからだ
 なんて思うほど、イラク人はお人よしじゃない。その戦争の副産物としてでさ
 え、平和と自由がもたらされるとは思えないし」(1/30)

「自分が怒っているのか脅えているのか、それすらも分からないんだ」(1/31)

「番組が終わったら、次の放送まで(衛星放送の)アンテナは外しておく。BB
 Cの二十四時間ニュースを観ただけで、二ヵ月の刑務所暮らしはごめんだから
 ね」(2/5)

「国内避難民は、UNCHRの管轄外となってしまう。国際法では、難民と見な
 されないためだ」(2/8)

「『ぼくらは時間に操られたおもちゃ だれかの音楽に合わせて踊る』
 最近は、自分の人生さえどうにもならないのだから、世界がどこへ向かうかな
 んて分かるはずもないと考えている」(2/11)

「アラビア語で”人間の盾”と書いたつもりらしいが、間違っていた。”人間的
 なシュミーズ”となっていて、みんなの失笑を買い、自分たちがいかに無能か
 を宣伝して歩いている」
「彼らが一日三回、毎食一万五千ディナール分の食事券をもらっている」「四人
 家族のイラク人に、一ヵ月に配給される食糧の値段は、三万ディナールだ」
「イラク政府からそんなごちそうを振る舞ってもらうのをやめたら、観光客って
 呼ぶのをやめるよ」
「悪いが、まったく理解できない。彼らはここで何をしてるんだ?」(2/21)

「『おかしいわ』文化的断絶について、こう言っている。『なぜわたしたちは
 ここに座って、自分たちは普通の人間だということをあなたがたに伝えなくち
 ゃならないの? なぜ、自分たちも生きる価値のある人間だと思わせなきゃな
 らないの?』」(3/6)

「変化を求めるなら、一方的に押し付けるべきじゃない。特に、不信感と敵意が
 すでに根付いている場合はね」(3/9)

「BBCのレポーターは、こう締めくくった。『イラク人は、いつもと変わらな
 いように振る舞っています』」
「”いつもと変わらない”様子は、見かけだけだ。数ヵ月前と比べて何もかもが
 高騰しているし、人々は自分の庭に井戸まで掘っている」
「微粒子遮断マスクがたくさん売れている」
「僕らは、アメリカが攻撃してくるのは夜だとにらんでいる」(3/9)

 (サラームのブログに書き込んできたイラク人の23歳の女性)
「アメリカに戦争で脅されるたびに、日々の生活を放棄するわけにはいかないも
 の。生活がどんどん厳しくなっているのは確か。それでも続けていかなきゃな
 らない。それが時には外国人ジャーナリストを怒らせるようね。なんらかの動
 きが欲しいのよ。たんたんと日々の生活を送る人々を見ていても、時間とフィ
 ルムの無駄だと思うみたい」(3/11)

「自らを”国際社会”と呼ぶ国々は、ずっと昔に自分の責任に気付くべきだった
 んだ。自分たちが科してきた制裁措置の本当の意味を、なぜもっと考えてくれ
 なかったのか。兵器や人権侵害の報告に、なぜもっと早く耳を傾けてくれなか
 ったのか。なぜ真夜中の鐘が鳴る五分前になってそれに気付き、戦争の口実に
 持ち出してくるんだ」
「”イラクの民主化を支援する”というのが、なぜ”イラクを爆撃する”ことに
 なるんだ。なぜ、戦争をしないと民主化はできないと判断したのか。これまで
 ずっと長い間、非民主主義的なこの国のことなど気にもかけなかったくせに。
 なぜ今になって、民主化のために爆撃を?」
「この先数週間、世界が実行しようとしている方法以外に、イラク情勢を解決す
 ることができたはずだ。イラク北部を見てくれ。うまくいった例じゃないか。
 なぜ同じことを南部でもしてみようと思わなかったんだ。そうすれば現政権か
 ら手も足も切り落とせたかもしれない。国民も、自分たちから何が奪われてい
 たのかに気付けば、またその時代に戻りたいとは思わないだろう。クルド人自
 治区のイラク人に聞いてみるといい」
「イラクを監視下に置くためのはずの制裁が、全国民を屈服させてしまったんだ
 から。制裁措置は、イラク国民を現政権の人質にしてしまった」
「その制裁が、イラクの兵器削減にどこまで影響を与えられたか、だれか教えて
 くれないか?」
「食糧のための石油輸出計画? 武器に厳しく、人道援助には優しいだって?
 少しは学べよ。その食糧を国民に渡す仕事を、いったいだれが請け負っている
 と思ってるんだ?」
「これから起こることは、避けられた、あるいは避けるべきだった事態だ。爆撃
 でぼくらを地獄に落とし、それから再建するというやり方はしないでくれ。」
「イラクはかつて、宗教的過激派を受け入れたことがなかった。今でもそうさ」
「かつては決して受け入れられなかった状況が、今では甘んじて受け入れられる
 ようになっている」
「政府に仕事がもらえないなら、近くのモスクに駆け込めばいい。お金をくれて
 、支援の手を差し伸べてくれる。かつてこんな事態はあり得なかった。これ以
 上の侮辱はない。でも、国民はほかにどうしろというんだ?」
「どうか原理主義者のことをどうこう言うのはやめてくれ。この街の通りで彼ら
 を見かけるようにならなければ、彼らが何者かなんて知ることもなかったんだ
 から」(3/16)

「今は、耳栓に人気が殺到。予約しないと買えない状況だ」(3/17)

「バグダッドには”彼ら”と特定の身分証明書を持つ人間だけが使える”特別な
 ”ガソリンスタンドが四つあるんだ」
「昨夜から、「フトウッワ」という若者の歌が、一番多くかかるようになった。
 これは、サダム殉教者集団フェダイーン・サダムは全員、決められた部隊に加
 わりなさいという合図だ」
「高官たちの家族と、”彼”自身の家族は、手厚く守られているらしい。アメリ
 カというより、報復しようとしているイラク国民を恐れているのだ」(3/19)

「何より驚いたのは、ごみ収集車が来たことだった」(3/21)

「ぼくが心から愛した建物が大爆発したとき、涙が溢れそうになった」
「非常に正確な攻撃という印象だが、ミサイルや爆弾が炸裂したとき飛び散った
 破片で、周辺の住宅地がめちゃくちゃになっている」
「これがいわゆる”付帯的損害”というやつだろう。が、だからといって許され
 るわけじゃない」(3/22)

「標的が正確に攻撃されていること、攻撃された標的が、バグダッドの住宅地に
 あまりに近いということ」
「野菜や果物は通常の価格に下がり、仕入れもできるのだそうだ」
「ぼくらはただ家の中に入ってドアを閉めたまま、どうか爆弾よ落ちないでくだ
 さいと願っている」(3/23)

「空襲警報よりもっと頼りになる警報システムが、思いもよらぬところから現れ
 てくれた。モスクの勤行時報係たちは、爆発音を聞いた瞬間、アラー・アクバ
 ルと唱えはじめる。別のモスクの時報係も唱えはじめて、次から次へと、街中
 にあっという間に広がるんだ」(3/24)

「イラクの部族にとって、土地こそが宝なんだ。イラク軍に土地を占領されたら
 部族はどうすることもできないが、それ以外の人間が占領したなら、たとえ相
 手が”連合軍”であっても自分の土地から追い出すために武器を手にするはず
 だ」(3/26)

「ぼくらは、奴らが研究開発する兵器の実験台となり、その苦痛に耐えなければ
 ならない。そしてぼくらが貧困の底に落ちていくのを気にも留めない不敵な奴
 らが、まるで”人道支援”の手を差し伸べてでもいるかのように振る舞ってい
 るんだ」(3/27)

「戦争が始まる前、これほど使うと思わなかったものに、胃薬がある。空襲警報
 が鳴ったり、ひどい爆撃が始まると、五分後には胃薬の入った引き出しに手を
 伸ばしているんだ」
「日に日に通りはにぎやかになり、開いている店も増えてきた。国民の大半、
 特に食料品などの店の経営者は、日々の収入だけが頼りだ」
「店の近くに家がある人は、徐々に店を開けはじめている。銀行も営業して、
 街の生活が戻ってきている。物価は通常の二倍だが」(4/1)

「この地域の学校はすべて、軍か党の施設になった」
「”国民を口実にするな”というプラカードをぼくも掲げたいよ」(4/2)

「爆撃が始まったら、窓を開けている方がずっと安全なんだ」
「BBC放送で、イラク市民がこぞってアンテナを買うのを見たと伝えていた。
 市民はイラク・テレビの放送を観たいからだと話したという。これは事実と違
 っている。開戦以降、アル・アラームというイランのニュース・チャンネルが
 、アラビア語の放送を始めたからだ。このチャンネルがなければ、サハフ情報
 省が”アメリカ軍を粉砕した、敵は敗北した”と伝えるだけのイラク・テレビ
 しか観られないんだから」(4/7)

「通りには一切イラク軍の姿はなかった。ただパッと空中に消えてしまった。
 すごい芸当だ」
「目の前で自分の街が破壊されていく辛さは、とても言葉では表現できない。
 ひどく不機嫌になり、辛さが込み上げてきて、自分の中でブチッと何かが切れ
 る音がする。そしてかすかに残っていた希望のかけらも見えなくなる。自分の
 手で希望を消してしまうんだ。」
「略奪:本来公共の財産なのだから、国民は自分のものを破壊しているだけ」
「今となっては、すべての通りにアメリカ軍の戦車がいてくれたらと思う」
「住宅地を戦場にしてしまったせいか、アメリカ軍は努めて友好的態度で接して
 くるのだという」(4/10)

「まだどうしても二階で寝ることができない。できるだけ多くの壁や屋根の下で
 寝ている方がいいんだ。こぶし大の榴散弾は、一つ目の壁は貫通しても、二枚
 目で止まるかもしれないから−それを実際に見たから教訓にしているんだ」
「フェダイーン。すっかり軽蔑語になってしまった」
「奴らは住宅地に隠れて、迫撃砲を無意味に一発放つか、カラシニコフ銃をニ、
 三発撃つに過ぎない。どの弾も敵の装甲車に当たって空しくはね返るだけだ。
 だが、その一発が招くものといえば、弾が来た方向にある住宅すべてに対する
 迫撃砲の猛攻撃だ。」
「そんなゾッとする奴らが夜中に自分の住む地域に侵入したことに、まったく
 気付かないことだってある」
「ばかな奴らだ。”命を捨てたいと思うなら、どうか一人でやってくれ。住宅の
 一角を巻き添えにしないでくれ”という言い分が、奴らにはピンとこないらし
 い」
 略奪者:「彼らは自分たちのものを返せと主張している市民ではない。野放し
 の犯罪者集団なんだ」
「では、アメリカ軍の手はまったく汚れていないのだろうか。彼らが「いやあ、
 何もできなくて」なんて言って、責任逃れできるとでも? そんなのは許され
 ない。もしこのぼくがだれかのために扉を開けて、そのだれかが盗みを働くの
 を見ていたとしても、略奪行為に加担してないといえるのか? アメリカ軍は
 確かに扉を開けたんだ。自由への扉じゃない。混乱へと続く扉だ」
「イラク国立博物館の前に戦車をよこしてくれた米軍に感謝しないと。裏口で略
 奪行為が続いている間、その戦車の上で日向ぼっこしていた兵士たちにもね」
「強力な社会組織を持つ人々が警察署を占拠し、自分たちで検問し、犯罪者を
 逮捕している」
「今アメリカ軍が撤退したら、ぼくらは狂信的なムッラーやイスマームに何を
 されるかわからない」(4/17)

「称賛するに値する施設の”解放”が、一例だけあった。とても象徴的だったか
 らね。秘密警察本部の建物の通用口に、赤のスプレーで”イラク共産党”って
 書いてあるんだ。皮肉なことに、逆の意味でここは実際にイラクの共産党員の
 拠点だった。かつてこの建物は、イラク共産党の党員でいっぱいだったんだ。
 彼らはここに投獄され、拷問を受けて死んでいった」(4/23)

「何人かのバース党員が犯した忘れがたい残虐行為は確かにあった。でも、バー
 ス党員だったイラク人を一人残らず自宅軟禁する必要はないはずだ。そんなこ
 とをしたら学校に教師がいなくなる。国営企業で働いていた人はみんな仕事を
 やめなきゃならなくなる」
「国民はそれぞれ自分なりに情報をふるいにかけているようだ。仕事に戻れと言
 われた人も多いが、働くことを拒否している人たちもいる。熱心なバース党員
 だった人間の下では、もう働きたくないというんだ。みんなだれが悪人か分か
 っているんだ。チャラビの非バース党化計画のように、何もかも一くくりにし
 た考えでは、何一つ解決されはしない」(5/1)

「戦争は最低最悪だ。自由という名のもとに戦争を始めようなんていう口車には
 、絶対に乗っちゃいけない。とにかく、爆弾が落ちはじめ、通りの向こうで機
 関銃の音が聞こえたら、”目前に迫った解放”のことなど、考える余裕もなく
 なるんだから」
「タクシー運転手は、”サダムがいたときはここまでひどくなかった”なんて言
 う始末。ぼくらイラク人はそれほど記憶力が悪いのか。前の戦争で、電気が復
 活するまでにどれくらいかかったかって。今の状況になるまでに二年はかかっ
 た。まだ二ヵ月じゃないか。水はどうだった? ひどいものだった。ガソリン
 は? 売ってもいなかったじゃないか。仕事は?」「最後に、運転手をだまら
 せる質問をする。じゃあ、運転手さん、サダムに戻ってもらいたいの?」
「病院の庭は埋葬地と化している。電気が来なくなってから、だれかが来て身元
 を確認するまで死体を保管しておくことができなくなってしまった」(5/7)

「今イラクにヒズボラがいる。クートとアマーラに」
「武器の値段が高騰しているのは、大量に買われていくから。アメリカの新政権
 が行っている政策の中で珍しく評価できるのがこれ」(5/9)

「配給のシステムなどまったくない。入ってくる支援物資はだれかに奪われ、
 市場で売られるんだ」
「サマーワの街の外れにたくさんの遺体が埋められているのが見つかり、人々が
 ひどく打ちのめされている。埋められた人の多くはサマーワの人間だった。
 遺体すべてに身分証明書が添えられていたことだけが唯一の救いだ。サマーワ
 のどこへ行っても、処刑された人たちの写真のコピーを見かけるんだ。
  冷酷極まりない話−湾岸戦争後の蜂起の際、サダムの犬たちが早く移動する
 ために、捕えた人々をトラックに載せて街の外れまで運び、生き埋めにしたん
 だ。そこで見つかった遺体は身分証明書も持ったままだった。ちゃんと服も着
 ていたが、手だけが縛られていた。どの店のショーウィンドーや壁からも、写
 真の顔がこっちを見ている」
「そう、イラク人は今、みんな自分の言葉を見つけつつある。突然だれもが意見
 を言うようになった」(5/19)

 (CIAがムハーバラートと接触という報に)
「ムハーバラートだって? 秘密組織にいた人間はブレマーの”非バース党化
 計画”の対象外というわけか?」
「ブレマーの側近が、部族のシャイフ(首長)とモスクのシャイフ(宗教的知識
 人)はどう違うのかと父親に尋ねたこともある。何千マイルも遠くからぼくら
 を統治しにやってきたのに、そんなことも知らないなんて」(5/30)

「落ちてくるミサイルに花を投げて歓迎しなかったからって何が悪い? 民間人
 の居住地にクラスター爆弾を落として、その後始末を放棄する権利はだれにも
 ない」
「そのうち、アフガニスタンのときのように、ジャーナリストたちもこの国に飽
 きて、イラクはメディアから忘れ去られる。去る者、日々に疎し。いいね、
 きみたちにはそんな選択肢があって。だがぼくは、この国で生きていかなきゃ
 ならないんだ」(5/30)

「このごろはあり余るほどの新聞が作られている」
「好きなテレビ番組は日本の古いアニメ『未来少年コナン』」
「電気作業員は、ブレマーのCPAの提案で給与形態が変わると、魔法がかかっ
 たようによく働くようになったため、状況は徐々に改善されつつある」
「イラクのどの町でも、最大の関心はやはり治安だ。日中、混雑した通りに出没
 する強盗の話を聞く。最新の手口は、子どもをだしに使ったもの。窓の開いた
 車に子どもを飛び込ませ、悲鳴を上げさせる。続いて四人の悪漢が登場し、
その子どもを車に引き込もうとしたと責め立て、相手を軽く袋叩きにした後、
 車をいただくんだ」(6/4)

「今までアメリカに対して中立的立場をとってきた地域で、住人の反米感情を煽
 るとしたら、何が得策といえるだろう? ぼくなら、その地域でアメリカ軍が
 嫌なことをするように仕向けるだろう。例えば、家や店を射撃するとか」
「更に一軒一軒調べさせる。男たちを縛り上げ、その頭に袋を被せて子どもみん
 なを震え上がらせるんだ。そうすれば、住民の”アメリカ度指数”を”別にど
 うでもいい”から”いったい何してやがる”レベルまで、一気に変えることが
 できる」
「こうした悲劇は繰り返され、小さな不満が雪だるま式に膨らんでいき、最後に
 はジハードを訴えるまでになってしまう」
「これらの攻撃があちこちで起こり、組織化されていないように見えても、実際
 はバース党の思惑どおりに動いているのだということ」(6/16)

 (バグダッド大学構内で)
「ハウザはとてもおもしろいやり方で、積極的に学生たちを取り込んでいる」
「たった一つだけバース党の学生自治会を引き継いだような組織がある。その
 学生組織は皆、ハウザの人間で、資金源もハウザだった」
 (ハウザ:イスラム教の宗教組織)
「ハウザが学生の活動に手を貸すことに異論はない。だが、そのやり方を見てい
 ると、どうしても、ほかの選択肢を非常に早い段階で排除しているように思え
 てならない」(6/18)

 (イラク人米兵通訳に対して)
「気さくでおもしろくって、本当にいい奴だった。”異教徒の侵略者”に手を貸
 しているからといって、彼のような人間を歓迎しないなんて、それは恥ずべき
 ことだとぼくは思う」
「世界最悪の狂気の街だ。爆発物の金属片がそこらじゅうに散らばっているよう
 な、こんな街が実在するなんて」(6/26)

「サラーム・パックス:バグダッドからの日記」
 (ソニー・マガジンズ)1600円+税