(NHK きょうの世界)2006.4.14
「3月22日、旧ユーゴ各国代表と支援国政府の担当者60人余りが
東京に集まりました。
会議のテーマは、多民族が共存する社会をいかにつくっていくか
紛争の予防支援を重要な国際貢献の柱と位置付ける日本政府は、
旧ユーゴ地域に対しても、異なる民族の融和を積極的に支援してきました。
しかし出席者からは、今尚民族間の対立感情が
根強く残っているという声が相次ぎました。

『民族の間で非常に強い不信感が今も存在しています』
(ボスニア代表)

『民族間の暴力が今も続き、お互いを認め合うことも、
社会の融和を達成することもできなくなっているのです』
(コソボ代表)

払拭できない民族対立が地域の経済や社会の復興に
影を落としている現状が改めて浮き彫りになりました。

これまでも国際社会は外交交渉や国連や多国籍軍によるPKOによって
紛争を防ごうと努めてきました。
しかし紛争地域の多くは民族や宗教など複雑な事情を抱えています。
この為、従来のような国際支援のあり方では、
紛争の要因を取り除くのは、限界がありました。
こうした限界が指摘される中で、今注目を集めているのが、
地域社会に密着した民族や宗教間の対立を解き、
紛争が起きにくい社会づくりを目指す取り組みです。
従来はNGOなどが行ってきた、こうした地域密着型の支援を
日本政府も国際貢献の新たな柱と位置付け、進めています。

ボスニアでは民族間の対立が続き、現在ではイスラム教徒、セルビア系住民、
クロアチア系住民の三つの民族がそれぞれの地域に棲み分ける形になっています
しかし中には違う民族が対立を抱えながら暮らす街や地域があり、
新たな紛争の火種に成りかねない情況が続いています。

ボスニアのモスタル
世界遺産にも登録されている。橋で有名。(戦闘で破壊)
クロアチア系住民とイスラム教徒は街を二分して別々に暮らしています。
二つの民族が互に交流することは殆どなく、対立が街の復興を妨げています。

『俺の父親は紛争で行方不明になったままだ。
すぐに戦いが起きることはないが、町は常にピリピリしている』
(イスラム教徒)

『この町は分断されたままだ。お互い一緒に暮らしたくないんだ』
(クロアチア系住民)

モスタル高校
二つの民族が一緒に学ぶ高校
紛争後、ボスニアでは民族ごとに分かれて教育が行われていますが、
一昨年イスラム教徒とクロアチア系の二つの学校が一つに統合されたのです。
授業はいまだに民族別々に行われていますが、違う民族の生徒達が
同じ校舎で学ぶのは、紛争後のボスニアでは、まだこの学校だけです。

学校の統合を実現させた立役者が
教育コーディネーターのマシュー・ニュートンさんです。
紛争中からボスニアで国連の支援活動に携わり、四年前からボスニアの
復興を進める国際機関の一員として学校の統合に取り組んできました。
統合されたばかりの頃、生徒達の間には
互いの民族に対するわだかまりが感じられました。
そこでニュートンさんは、イスラム教徒とクロアチア系
八人ずつから成る生徒会を作り、民族の違う生徒同士の交流を促しました。
『初めは学校の統合について話すのはとても困難でした。
双方の民族が恐れを持っていたからです。
そうした住民に対して統合の利点を説き、
各民族の文化や言語が尊重されることを説明しなければなりませんでした』

学校の統合の為、国際社会はさまざまな支援を行ってきました。
日本は最新型のパソコンやビデオカメラが揃った教室を作りました。
その際、イスラム教徒とクロアチア系の生徒達が
一緒に教室を使うことを援助の条件にしました。
教室では民族の違う生徒達が一緒にインターネットを利用したり、
ビデオやパソコンを使って、アニメーションを制作したりして、
交流を深めています。

ニュートンさんの助言で、学校の様子を紹介する
ビデオも作られることになりました。
ビデオ作りを担当しているのは、
クロアチア系のイバン君とイスラム教徒のヤスミン君
ここでも民族の違う生徒達が協力しています。
『多くの子供達にビデオを見てほしいです』(ヤスミン君)
『民族を超えた交流に僕達が前向きに取り組んでいる所を見て欲しい』
(イバン君)

学校を統合した影響は生徒を取り巻く人々にも広がり始めています。
イバン君の父親も最近はイスラム教徒との共存を
肯定的に捉えるようになってきました。
『息子には私達が経験した不幸な過去にとらわれず、
民族の共存を実現し希望を持って生きて欲しいと思います』

教育の場を通じて、民族の和解をはかり、
紛争の芽を摘み取ろうという国際社会の支援策
一年半が経った今、少しずつその成果が表れ始めています。

『高校で始まった民族の交流が町全体に広がればいいと思います。
今は別々の授業もいつかは一緒にできることを期待しています」
(ニュートン氏)

『日本政府は20台のコンピューターをモスタル高校に寄贈しました。
IT教室をつくり特別授業を支援してきました。
異なる民族の生徒達を結び付ける場にしたいと思います』
(日本側代表 JICA 橋本敬市氏)

<現地で実際に活動なさって民族和解の難しさは>

「民族によりスタンスが違う所が最大の問題。
ボスニアでは人口比でクロアチア系はムスリムの半分以下
教育統合にしても、クロアチア人は『統合』という言葉に拒否反応を示す。
『統合』を受け入れてしまえば、自分達の文化、言語が同化されて、
なくなってしまうのではないか、これは政治的なプロパガンダでもあるが、
それを信じているクロアチア人が『統合』という言葉を非常に拒否する情況で
あったので、支援する側としては、なるべく『統合』という言葉を使わないよう
に配慮し、ITの場合は、新しい技術を一緒に学びましょうという姿勢でやるよう
に心掛けました。
 統合させようとしても無理なので、incentiveを与えなければいけない。
学生の場合は共通の興味、大人の場合は、例えば生活に役立つこと、
生活の糧を得られるような支援というようなものを提供することによって、
一緒の場を提供することによって、二つ、三つの民族を一緒の所で生活して
もらって、段々和解を促進していこうというスタンス」

<よく国際社会は支援、統合を促進すべきと言うが、それはむしろ、
支援を受け取る側は、押し付けと感じるということなんですね。
それはつまり彼らが受け入れられるように促進していくというですか>

「言葉で、『多様性を受け入れよう』、『他民族に寛容になろう』ということは
余り役に立たなくて、自分達が自発的に、過去のことに拘泥しないで将来の為に
生活の為にどうすればいいか、その為にこれまでの恨みとかを忘れて一緒に
できるような場を提供することが大事なのではないか。

モスタルのバス公社が民族別にあったものを統合することを条件に
合同でバス公社を運営することを条件にバスを供与
条件を付けることによって初めて一緒に活動することが実現できる」

<根本のアイデアは、民族融和であっても、現実のレベルでは、配慮し、
できる所からやる>
<新しい手法が注目されるようになったのは何故>

「外交により紛争を止めることも、場合により可能だと思うが、
それは社会に平和を制度化する、社会を構造的に平和にすることにはならない。
紛争の火種を取り去ることにはならない。
PKOは基本的には対処療法的、事後的な対処
(マケドニアの予防展開は例外的にあったが)
現在の平和構築の課題は、中長期的な視点で紛争の火種を一つ一つ除去」

「平和構築の課題は大きく二つあって、
・雇用創出:武器を持って戦ってきた人に生活の手段を持ってもらう
 その為に経済的支援も必要、経済全体の底上げも必要
・法の支配の確立:武器を使わなくても、自分の身体・財産は守られるという
 保障」

「選挙監視員の派遣や資金援助というオペレーションの支援だけではなく、
民主主義を定着される為に、民主国家を担う人づくり
アフガニスタン選挙支援でも、選挙管理委員会への運営教育、
現地で活動する人の能力を高める支援」

「紛争予防をどう支援するか」:NHK(2006.4.14)