「密着!アフガンの元自衛官」:「報道特集」(2005.5.15(日)放映)

 元自衛官田川友康氏(62歳)
国連の国際監視団の一員として軍閥の武装解除を監視
2月20日パンジシール閥852歩兵連隊基地:約600人の兵士の武装解除
米軍の警備の下
確認を終えた一人一人の兵士の手の平に赤マジックを書いていました。
約500丁の自動小銃を点検:パキスタン製、中国製、イラン製RPG7、
「ほとんど使えない銃です」打ち続けると銃身が溶け出してしまう粗悪な銃
こうした使えない武器は武装解除の対象としては認められない。
国連担当者が軍閥の指揮官に問いただす。
軍閥連隊長は隠し持っていることを認めようとはしない。
国連担当者が更に詰め寄る。
「駄目だ。あそこの倉庫にまだ武器が残っているのではないか」
「我々は300以上の武器を持っている。しょうがない、それを出すよ」
しかし、すぐ提出することはできないという。
しかも明日は、別の場所に行かなければならないので、今日はこれで終了。
「なかなかうまくいかないですね」(田川氏)

 田川氏が所属する日本のNGO:JMASが国際監視団を組織
園部宏明団長(63)ら日本人7人、独人、カンボジア人:計13人

「国連やNGOの車が狙われるという情報があった。それまでIOG(国際監視団)
 というマークをつけていたが、逆に危険だと判断し、剥いだ」

2月末パンジシール閥主力部隊武装解除
数百台の旧ソ連製戦車(T62:アフガンにある戦車としては一番新しい)
何と旧ソ連製短距離弾道ミサイル・スカッド14機まで持っていた!!
「とんでもない兵器を軍閥が保持していた」(田川氏)
軍閥は一国家の軍隊に匹敵するほどの軍事力を有していた。

「小火器はどこかにまだ保管していると思う。
 戦略的な意味での軍事力はほとんどなくなってきている」(田川氏)

 国際監視団の芹沢智一氏(32)はバーミヤンで約130人を武装解除
バーミヤン第34師団参謀長のボディガードが、武装解除手続き後、
別の銃を持ち、護衛の任務についていた。
「これは完全にDDR(武装解除)の精神に反した行為」(芹沢氏)
ここで、軍閥側に抗議すれば、武装解除そのものを拒否するかもしれない。
記念品を渡し、記念写真を装って、証拠写真を撮っていました。
名前と武装解除の証明番号を控え、写真と書類を国連や米軍の参加する
武装解除の最高機関に送付

 抵抗する軍閥の幹部達
しかし、一般兵士達は、武装解除を終えると、笑顔だった。
「うれしいよ。銃を持つのにもう疲れた。これから職業訓練を受けるんだ」

 カブール郊外:日本紛争予防センター(JCCP)職業訓練センター
除隊した兵士に半年間、金属加工、木工技術などを学ぶ。
しかし、職業訓練を終えても、職はなかなか見つからない。
「社会復帰は非常に難しい。受け皿になる市場が育っていない。
 社会復帰事業の後に職が見つからず、軍閥の元に戻ってしまう構造がある」
(JCCP在アフガン代表高木博也氏)

「国際社会が兵士達に十分な配慮をしなければ皆簡単にテロリストの味方と
 なるだろう」(第5軍団ハジ・アルマス・ハーン司令官)

「武器を取り上げただけでは、アフガニスタンに平和は戻らない。
 産業が振興して、人々が仕事に就いて初めて安定した国になる。
 それがなければ、若者達はまた軍閥に戻って銃を持つ暮らしに
 逆戻りしてしまう」(田川氏)


 <私の感想>
 したたかな軍閥との、粘り強い交渉、
御苦労様です。素晴らしい仕事だと思いました。

「密着!アフガンの元自衛官」:報道特集