NHK(2006.8.3)
「ヒズボラがイスラエルの攻撃を誘発した責任は
免れるものではありません。
しかし同時にイスラエルの過剰反応、過剰反撃は
既に局地戦争というべき段階に入っており、
ヒズボラならぬ一般の市民とその家族、
国連休戦監視要員にまで多くの死者を出しています。
多数の民間犠牲者を出すイスラエルの行為は
国際社会からも強い批判を招いています。


<レバノン危機の要因>

1.イラク戦争後のシーア派の勢力拡大

2.イランの核開発とイスラエルの安全保障への脅威
 やや誇張すれば今回の衝突を第一次イスラエル・イラン戦争、
 アメリカとイランの代理戦争とも呼べる側面があります。
 アメリカとイスラエルはヒズボラを恒久的に解体して、イランに打撃を与える
 点を優先しており、停戦を決して急いでいないことが、今回のような一般市民
 の犠牲者を増大させる原因にもなっています。

3.レバノン国家の脆弱性
 国民国家としての一体感を欠きがち
 国防軍が弱体という特徴
 ヒズボラは内政では政治的合法性を、
 中央政府の統制に従わない軍事的非合法性の二面を使い分けている。

4.国際秩序のあり方とテロとの戦い
 ヒズボラの行動は国連のイラン制裁決議から国際世論の目を逸らし、
 イスラエルの攻撃を国家によるテロとして印象付けたい
 イランの利益に叶っている。
 ヒズボラの行為は、イスラエル軍の撤退を受けて、折角の復興を成し遂げ、
 観光客や国際金融の誘致によって、失われたレバノンの繁栄を取り戻しつつ
 あったレバノン全体の国益と国民の幸福に必ずしも合致するものでは
 ありません。

 ヒズボラは、レバノン国民として一国社会、レバノン社会の復興に貢献する
愛国的な政党としての道を歩むのか、それともレバノンにイスラム国家を作り、
イランの国際的な戦略に貢献する、あるいは合致するシーア派革命組織のままで
いるのかの選択を今回の冒険で否応なく迫られたと言えるでしょう。

またヒズボラのテロを批判しながら、テロとの戦いを拡大解釈して、レバノンの
都市を攻撃するイスラエルに対して、アメリカが強い圧力、強い停戦の圧力を
掛けることが今何よりも必要であります。

今のようなアメリカの姿勢が続く限り、テロとの戦いにおいて人権や国際法に
則った道徳的な優位性を主張できないということは明らかなように思われます。

アメリカの姿勢はダブル・スタンダード、二重基準として
厳しく批判される筈であります。


<国際世論>

1.シリアの活用
 シリアが介在しない停戦プロセスは実効性が疑わしく、
 シリアの関与なしに南レバノンに国際部隊を送る国々は
 少ないものと思われます。

2.シーア派市民とヒズボラの引き離し
 かつてイスラエルに抵抗したシーア派の軍事組織アマルは、自ら武装解除して
 国防軍に合体し、政党として穏健シーア派の利益を代弁する変革を遂げました
 ヒズボラにも同じ努力が期待されます。
 イスラエルと対抗するにしても、それは果たしてレバノンの為なのか、
 それともイランの為なのかを自らに問わなくてはなりません。

3.イランの自制
 イランはパレスチナやレバノンの問題に責任をとる外交の領域に関与するので
 はなく、自国の核開発や各地の軍事援助にからんだ宣伝や扇動の領域において
 存在感を発揮しようとしています。
 これは中東の地政学的構図や和平への歩みを複雑にする要因になっています。
 シーア派の非アラブ国家であるイランの干渉は、領土や国境を巡る対立を
 宗教やイデオロギーを巡る戦争に変えかねない危険性を持っています」

「レバノン危機の行方」山内昌之 : NHK (2006.87.3)