(NHKきょうの世界 2006.4.20)
パレスチナ自治政府の財政

自治政府の人件費と運営費
1億6500万ドル/月

去年の平均では、
・3000万ドル:暫定自治区内での独自の税収
・6000万ドル:イスラエルが自治政府に代わって徴収する関税など
・3000万ドル:国際社会からの財政支援
・4500万ドル:金融機関からの借り入れ

二月にイスラエルによる代理徴収の送金が凍結
今月に入ってから国際社会からの財政支援の内、欧米の支援も停止

歳出の六割を占める15万人の公務員給与

公務員の家族を合わせると、自治区人口の四分の一

NHKのエルサレムの渡辺常唱記者は、
「ハマスは財政を引き継いだ際、
予想以上に情況が悪いことに驚きを隠しませんでした。
つまり厳しい情況を認識はしている。
しかしだからといって、イスラエルや欧米諸国の圧力に
簡単に屈することはできないという事情もあります。
ハマスにとっては、イスラエルへの武装闘争が組織の理念です。
それ以外に求心力を保つ術はないと考えているようにもみえます。
今の所財政難への決め手となるような有効な手立てはありません。
ハマスの内閣がまずできることと言いますと、
アラブ・イスラム諸国からの支援の取り付けです。
今週、イランとカタールが5000万ドルずつ支援することを表明し、
更にサウジも9000万ドルの支援を約束したと伝えられています。
しかしハマスのアブドルラゼクの財務長官は、NHKの取材に対し、
支援がいつ履行されるかは、はっきりしない、
つまりお金がいつ来るかは分からないと述べた上で、
更なる支援の取り付けを最優先課題に挙げました。
(アブドルラゼクの財務長官)
「我々は再びパレスチナ問題をアラブ全体の問題にする決意です。
アラブ・イスラム諸国からの支援は歓迎しますが、
まだ十分とは言えず、更なる支援が必要です」

「現在給料の支払われていない暫定自治政府の
職員や警察官、治安当局の要員の多くは、
自治評議会では野党に回ったファタハに所属する人や支持する人達なんですが、
今の所、こうした人達の間からも、その不満の矛先が
ハマスに対して向けられるという傾向は余り見られません。
暫定自治政府の職員の現状を取材しました。

財政危機の影響をまともに受ける職員の不安、そして不満は募る一方です。
『一、ニか月以上はもちません。この先どうやって暮らせというの』
『ハマスを口実に私達に圧力をかけるなんて間違っているよ』

西岸ベツレヘムにある内務省事務所の広報担当スレイマン・ハムリ氏
10年間公務員として務めてきましたが、
これ程将来の生活に不安を感じたことはないといいます。
ハムリ氏は専業主婦の妻と四人の子供の六人家族です。
日本円で十万円の給料が一家の暮らしを支えていますが、
今月はまだ支払われていません。
妻とも厳しくなった家計の遣り繰りについて話すことが多くなりました。
『子供達の学費の支払いはいくらくらい残ってる?』
『大部分は払ったけど、学校はそう待ってはくれないわ』
『スクールバス代は払った?』
『もちろんまだ払ってないわ』
ハムリ氏はファタハの中堅幹部でもあります。
今年一月の自治評議会選挙には、ファタハからの立候補を真剣に検討した程で、
強硬な路線を掲げるハマスとは立場を異にしています。
しかし民主的な選挙の結果は尊重すべきと考えています。
にもかかわらず欧米諸国はパレスチナ側に余りに厳しいと不満を強めています。
『ハマスが和平への合意を守ることは基本的なことです。
でも国際社会は私達と同じようにイスラエルにも圧力を加えるべきです』
元々ファタハの支持者が多い内務省の同僚達の多くも、その不満の矛先を
ハマスではなく、国際社会、そしてイスラエルに対して向けているといいます。
『欧米諸国はこの地を再び激しい紛争に追いやろうとしています。
そうなればパレスチナ人は再び立ち上がることになります。
それはハマスに対するものではなく、イスラエルなど外に向けたものでしょう』

<イスラエルや欧米諸国は、ハマスの立場を変えるように圧力を掛けている
訳ですけれども、パレスチナの人々は逆にハマスを擁護して、その怒りの矛先は
イスラエルや国際社会に向かっている、そういう感じですね>

「その最大の理由は、欧米諸国が、パレスチナ側からしますと、
余りに不公平な立場をとっているように映っているからです。
例えば、取材したハムリ氏は、イスラエルが西岸に食い込む形で建設を進める
壁やフェンスについて、国際司法裁判所が国際法に反するという判断を下しても
欧米諸国は経済制裁など具体的な手立てでこれを止めようとはしないことを
挙げまして、ハマスに対する厳しい対応との差に強く憤っていました。
また、財政支援の停止は、ハマスだけに圧力を掛けるのではなく、
パレスチナ人全体を罰するということを意味すると受け止められていることも
欧米諸国への憤りにつながっています」

<資金がなければどうにもならない訳で、厳しい財政状況が続くと、
ハマスは果たしてパレスチナ内部の結束を保っていくことができるんですか>

「確かにその懸念があります。
社会不安の兆候とも受け止められる事件も起きているんです。
ガザ地区南部のハンユニスで15日、覆面をした治安当局の要員数十人が
公務員の給料の支払いが遅れていることに抗議して、
一時自治政府の建物を占拠しました。
実際に経済への影響が、より具体的に目に見えるようになってきますと、
武器を持つ警察や治安部隊がどういう動きに出るのか、
また犯罪などが多発しないかという懸念もあります。
ハマスのアブドルラゼクの財務長官は、こうした社会不安を防ぐ為にも
国際社会と対話を進めていく用意があることを強調しています」

(アブドルラゼクの財務長官)
「今の体制を追い込むことは国際社会にとって極めて危険です。
我々は政治や経済の問題で対話をする用意があります。
しかしそれは前提条件のない自由な対話であるべきです」

米EUは圧力を掛けることでハマスに変化を促したいという訳なんですけれども、
そう間単にいかないということも同時に認識しています。
ただハマスをテロ組織に指定していますので、
論理的に財政支援は難しいという面もあるんです。
ただパレスチナの一般市民の生活を困窮させないよう、
当面は国連機関やNGOを通じて人道支援を強化していく方針なんです。
米も人道支援は増額すると表明しています。
また非イスラム諸国としては、初めてロシアが
1000万ドルの財政支援を表明しました。
中東和平を支援する四者の一角を占めるロシアの支援だけに
政治的には重要な意味を持っています」

「財政危機・緊急事態のパレスチナ」:NHK(2006.4.20)